たった一輪で咲く花も、群生する花達も、生命の限り咲き誇ればそれでいい。
どんな風に咲くのかはそれぞれの個性だから、違いがあって当然なんだ。
美しく咲く花、力強く咲く花、可愛らしく咲く花、ひっそりと咲く花、儚げに咲く花。
その姿は多種多様で、みんな違ってみんなイイ。
だから、芽生え、成長して、花を咲かせることだけに一生懸命になって、どんな花を咲かせたとしても、それを自分のスタイルとして自信を持とう。
人はみな、一輪の花。
たとえ群生していても、自分はその中の一輪でしかない。
だから、他人に合わせる必要なんかないんだ。
自分だけの花を、咲き誇れ。
休日、昼下がりの公園。
ベンチに座って、ボーっと辺りを眺めている。
キャッチボールする少年達。
ベビーカーを押してお散歩する母親。
レジャーシートを広げてお弁当ランチする家族の姿も見える。
―平和だなあ―
カリ城のルパンみたいなことを思いながら太陽の光に目を細めていると、少年の投げたボールがあらぬ方向に飛んでいくのが見えた。
何となく目で追う。
その先には、ベビーカーを押した母親が歩いていた。
そして、ボールは一直線にベビーカーの赤ちゃんに向かって飛んでいき、あわや直撃!の手前で動きを止め、ボールは地面に落ちた。
―そんな、バカな―
あの勢いで飛んできたボールが、突然動きを止めるなんてあり得ない。
だが、確かにボールは地面に転がっている。
何事もなかったかのように。
あのまま赤ちゃんを直撃していたら、大変なことになっていただろう。
少年達も母親も、ランチの家族もベンチの私も、たった今起きた奇跡を目の当たりにし、唖然として地面に落ちたボールを眺めていた。
誰かの魔法が発動した?そんな考えが頭をよぎる。
公園のどこかに、ダンブルドアのようなおじいちゃんがいないか探してしまう。
ハリーのような眼鏡の少年はいるが、それはボールを投げた張本人だ。
誰よりも驚いている。彼は違うだろう。
―まさか、俺が?―
そんな力があったのだろうか。
無意識で力を発動したのだろうか。
確かに、ボールを止めてくれ!とは念じたが…。
「公園でのボール遊びは禁止のはずだけどな。あれに当たると痛いんだから。やめてほしいな」
不意に、すぐそばで子供のような声がして、俺の座るベンチの隣に、その声の主が座ってきた。
ちょこんと。両手両足を揃えて。
―えっ…?―
薄汚れた、一匹の猫。三毛猫だ。
あれ?こいつ、どこかで…?
「最近はどうだ?サラリーマン。営業はうまくいってんのか?取引先のおっさんとは仲良くやれてんのか?」
去年の9/27。雨宿りの軒下。
俺の仕事の愚痴を聞いてくれた、オスの三毛猫。
瞬時に、あの日のことを思い出した。
「あれから、運が向いてきたんじゃないのか?俺に会えたおかげで」
…いや、特に。営業成績は相変わらず低調だ。
「まあ、そうだろうな。当の俺が、今じゃこんな生活をしてるんだから。ご利益なんてある訳ないわな」
あの豪邸は?追い出されたのか?
「いや、一緒に飼われてた大型犬に脅されてな、思わず外に逃げ出したら、迷子になって帰れなくなっちまった」
それで公園で野良猫か?家に送り届けてやろうか。
「いやいや、野良猫暮らしってのも自由で悪くない。結構気に入ってんだよ。俺にはこの力もあるしな」
…魔法か?今のボールもお前がやったのか?
「そゆこと。猫でも人間でも、赤ちゃんは守るべき存在だ」
三毛猫のオスって、だから貴重なのか。高額だってのは聞いてたけど。
「関係ないよ。俺が特別なだけ。三毛猫のオスは単に個体数が少ないから、希少価値が上がってるんだろ」
まあ…そりゃそーだよな。魔法が使える猫なんて、いくらお金を積まれたって…ウチに来ないか?
「…下心丸見えだな。でもな、俺の力は俺の純粋な願いからしか発動しないんだ。つまり、お前の願いを叶えることは出来ない」
それは…残念だけど、別にいいよ。お前はイイ話し相手になる。それに、単純にお前の魔法をもっと見せて欲しいんだ。
「俺の魔法?そんなの、飯を手に入れたり、敵を追い払ったりにしか使ってないよ。何も面白くない」
いや、今、目の前で奇跡を見せてくれたじゃないか。
あれがなかったら、今頃この公園は大騒ぎになってた。
母親も少年達もあの家族も、もちろん当の赤ちゃんもこの俺も、すごく嫌な思い出を残してしまったはずだ。
それを阻止したのは、お前なんだよ、猫。
俺だけがそれを知っている。
このままお前とお別れするのは忍びないんだ。
分かるだろ?
「なんだか、うまいこと丸め込まれてる気がするけど…まあ、いいか。そろそろ美味い飯とあったかい毛布が恋しくなってきたところだ。俺の力でも、目の前にないものを生み出すことは出来ないからな。世話にならせてもらおうか」
よし、じゃあそろそろ家に帰ろう。歩いて帰るのかったるいから、空を飛んだりとか出来ないのか?テレポーテーションは?
「やっぱりやめようかな…」
冗談だって。のんびり猫と散歩だ。天気もイイしな。
「お前と初めて会った日は、雨降りだったもんな。やっぱり運が向いてきてるのかもな」
天気で一喜一憂してたら身が持たないよ。
まあでも、今日はお前に再会できたから、ラッキーな日に違いない。
…そーだ、名前はあるのか?
「ハリー」
…ん?
「いや、ホントだって」
…まあ、ダンブルドアよりマシか。
「なんなら、好きに呼んでくれ。名前なんかどーでもいい」
よし、じゃあ今日からは、「ニャンコ先生」だ。
「やっぱりやめようかな…」
本牧ふ頭でのんびり、釣り糸を垂らしていた。
隣には釣り仲間のお前。
三日前に嫁さんが、子供を連れて家を出ていったと言う。
「だから、好きなだけ釣りが出来るよ」
冗談めかして言うお前は、少しやつれた顔で海を見つめている。
子煩悩で、嫁さんファーストなお前のことだから、強がりにしか聞こえない。
「喧嘩の理由は?」
俺の問いに、少しだけ考えて、
「俺の家族依存が過ぎたかな?」
遠く、船の汽笛が届いて、カモメが空を渡っていくのを見上げながら、お前はつぶやく。
「じゃあ、すぐに帰ってくるよ」
根拠のない俺の言葉に、
「そしたら、釣りが出来なくなっちゃうよ」
顔を伏せて少し寂しそうに答える。
メンドくさい奴だな、もっと余裕かまえていけよ、心の中で叱責しながら、海の彼方を眺めた時、そこに大きな虹がかかっていることに気付いた。
何も遮るもののない水平線の上に、見事な半円形の七色。
「おい、見ろよ。海で見る虹ってこんなに綺麗なんだな」
お前は顔を上げて、青空を横切る七色のラインを見つめる。
「ホントだ。虹の全部が見える。…いや、下半分は見えてないのか?」
「さあな。どっちでもいいよ。とにかく俺達はラッキーだ。ラッキーマンだ。こんなのが見える日に海で釣りしてるんだからな」
少し強がった俺の横顔を見つめるお前の視線に気付いたが、無視した。
「お前は…ポジティブだな。…先月、会社をクビになったって…聞いたけど」
さすがに、心に刺さる。
でも、俺達はラッキーだろ?
こんな光景を見ながら、気の置けない友人とのんびり過ごしている。
そんな今がある。
明日がどうなるかなんて誰にも分からないんだから、今がどうかだけで判断していいじゃないか。
ましてや、過去に起きたことは変えることも出来ない。
「なあ、この虹はさ、海の向こうで降ってる雨が作り出してるのかな」
「さあ…そうなんじゃないか?こっちはこんなに青空だしな」
「そっか…人生いろいろだな」
「なんだそれ。人生なんて皆似たようなもんだよ。いろいろ起こることも含めてな」
「俺は会社クビになってないよ。お前は奥さんとうまくやってるだろ」
「いろいろあって、今は二人で同じ虹を見てるわけだ。まったく釣れない海釣りしながらな」
「帰りに、豪勢に寿司でも食って帰るか」
海の向こうの虹は薄れて消えてゆく。
でもまたいつか、どこかの町で会えるだろう。
それだけで、俺達はラッキーになれる。
たとえどんな絶望の中にいたとしても、だ。
だって、どう頑張ったって俺達にあんな虹は作れない。
それに出会えたのなら、それは幸運に他ならないじゃないか。
俺達がそう思えるんなら、それが答えなんだ、きっと。
おお、ケツメイシ。
あっちは、「夜空を翔ける」だったか。
どう違うんだろ?
まあとにかく、ハートフルな歌。
失ってしまった大切な人に、きっと家族や恋人、友達に送る歌。
「想いは夜空を翔けめぐる」
様々な人の様々な想いが、心を離れて暗い夜空を駆けめぐる。
夜には、人の想いを増幅する力があると思う。
だから夜空は混線状態だろう。
さながら今では、SNSのメッセージが電波に乗って夜空を駆けめぐっているのだろうか。
ロマンチシズムは薄れたが、きっとその中には、ハートフルな言葉がいくつも含まれている。
思えば、優しさだけでなく、悲しみや怒りも心のなせる業、ハートフルな感情だ。
この世界に人間が存在する限り、夜空はいつも大渋滞なのかもしれない。
夜空を駆ける。
あなたに届け、この想い。
私はパン屋でバイトをしている。
横浜にあるパン屋で、自家製パンも作っているお店だ。
店長は優しいおじさんで、まるで家族のように私と接してくれる。
店に来るお客さんから、まるで親子のようだとよく言われるほど。
顔はまったく似ていないが、もしかしたら、ルーツが同じなのかな、なんてことを思う。
店によく来る青年がいる。
とても誠実な人で、レスキューの仕事をしているらしい。
仕事柄か、赤系の服が多く、そこに黄色い靴や手袋を合わせてきたりするから、たまにセンスを疑ってしまう。
まあでも、それが彼らしい。
店で飼っている犬がいて、彼にとても懐いている。
彼と一緒に、人助けに行きたいのかと思うほど。
店長は、そんな彼と私をくっつけようとしているのか、彼に会いに行く用事ができると、必ず私を連れて行く。
彼が仕事でピンチの時、店長がパンを持って助けに行ったりするのだ。
どこまでパン好きなんだと思うが、そんな彼を店長はとても気に入っているのだろう。
だけど私には、ひそかな想いがある。
他に、好きな人がいるのだ。
私が好きな彼は、どちらかというと、パンよりおにぎり派。
だから、店長に気に入ってもらえないかもしれない。
しかも、彼はいろいろな国を旅している自由人で、今もどこにいるのか私にも分からないのだ。
そんな彼と私の恋愛を、店長は快く思ってくれないかも。
だけど、彼はあの青年より大人の落ち着きがあって、正義感の強さも負けず劣らずだ。
この店を辞めてでも、彼を探しに行きたいと思っている。
とはいえ、バイトの日々は順風満帆で、今はもう少しこのままでいいかな。
ここで働いて、いろんな友達ができた。
中には、たまに悪いことをする子もいるけど、きっと根は優しいんだと思う。
あの青年にたしなめられて、反省してたりするし。
とても素敵な仲間達に囲まれて、今日もお店は元気に営業中だ。
店長が私を呼び、犬が尻尾を振って駆け寄ってくる。
「バタコ、チーズの散歩に行ってやってくれないか」