本牧ふ頭でのんびり、釣り糸を垂らしていた。
隣には釣り仲間のお前。
三日前に嫁さんが、子供を連れて家を出ていったと言う。
「だから、好きなだけ釣りが出来るよ」
冗談めかして言うお前は、少しやつれた顔で海を見つめている。
子煩悩で、嫁さんファーストなお前のことだから、強がりにしか聞こえない。
「喧嘩の理由は?」
俺の問いに、少しだけ考えて、
「俺の家族依存が過ぎたかな?」
遠く、船の汽笛が届いて、カモメが空を渡っていくのを見上げながら、お前はつぶやく。
「じゃあ、すぐに帰ってくるよ」
根拠のない俺の言葉に、
「そしたら、釣りが出来なくなっちゃうよ」
顔を伏せて少し寂しそうに答える。
メンドくさい奴だな、もっと余裕かまえていけよ、心の中で叱責しながら、海の彼方を眺めた時、そこに大きな虹がかかっていることに気付いた。
何も遮るもののない水平線の上に、見事な半円形の七色。
「おい、見ろよ。海で見る虹ってこんなに綺麗なんだな」
お前は顔を上げて、青空を横切る七色のラインを見つめる。
「ホントだ。虹の全部が見える。…いや、下半分は見えてないのか?」
「さあな。どっちでもいいよ。とにかく俺達はラッキーだ。ラッキーマンだ。こんなのが見える日に海で釣りしてるんだからな」
少し強がった俺の横顔を見つめるお前の視線に気付いたが、無視した。
「お前は…ポジティブだな。…先月、会社をクビになったって…聞いたけど」
さすがに、心に刺さる。
でも、俺達はラッキーだろ?
こんな光景を見ながら、気の置けない友人とのんびり過ごしている。
そんな今がある。
明日がどうなるかなんて誰にも分からないんだから、今がどうかだけで判断していいじゃないか。
ましてや、過去に起きたことは変えることも出来ない。
「なあ、この虹はさ、海の向こうで降ってる雨が作り出してるのかな」
「さあ…そうなんじゃないか?こっちはこんなに青空だしな」
「そっか…人生いろいろだな」
「なんだそれ。人生なんて皆似たようなもんだよ。いろいろ起こることも含めてな」
「俺は会社クビになってないよ。お前は奥さんとうまくやってるだろ」
「いろいろあって、今は二人で同じ虹を見てるわけだ。まったく釣れない海釣りしながらな」
「帰りに、豪勢に寿司でも食って帰るか」
海の向こうの虹は薄れて消えてゆく。
でもまたいつか、どこかの町で会えるだろう。
それだけで、俺達はラッキーになれる。
たとえどんな絶望の中にいたとしても、だ。
だって、どう頑張ったって俺達にあんな虹は作れない。
それに出会えたのなら、それは幸運に他ならないじゃないか。
俺達がそう思えるんなら、それが答えなんだ、きっと。
2/23/2025, 3:39:17 AM