Ryu

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休日、昼下がりの公園。
ベンチに座って、ボーっと辺りを眺めている。
キャッチボールする少年達。
ベビーカーを押してお散歩する母親。
レジャーシートを広げてお弁当ランチする家族の姿も見える。

―平和だなあ―
カリ城のルパンみたいなことを思いながら太陽の光に目を細めていると、少年の投げたボールがあらぬ方向に飛んでいくのが見えた。
何となく目で追う。
その先には、ベビーカーを押した母親が歩いていた。
そして、ボールは一直線にベビーカーの赤ちゃんに向かって飛んでいき、あわや直撃!の手前で動きを止め、ボールは地面に落ちた。

―そんな、バカな―
あの勢いで飛んできたボールが、突然動きを止めるなんてあり得ない。
だが、確かにボールは地面に転がっている。
何事もなかったかのように。
あのまま赤ちゃんを直撃していたら、大変なことになっていただろう。
少年達も母親も、ランチの家族もベンチの私も、たった今起きた奇跡を目の当たりにし、唖然として地面に落ちたボールを眺めていた。

誰かの魔法が発動した?そんな考えが頭をよぎる。
公園のどこかに、ダンブルドアのようなおじいちゃんがいないか探してしまう。
ハリーのような眼鏡の少年はいるが、それはボールを投げた張本人だ。
誰よりも驚いている。彼は違うだろう。
―まさか、俺が?―
そんな力があったのだろうか。
無意識で力を発動したのだろうか。
確かに、ボールを止めてくれ!とは念じたが…。

「公園でのボール遊びは禁止のはずだけどな。あれに当たると痛いんだから。やめてほしいな」
不意に、すぐそばで子供のような声がして、俺の座るベンチの隣に、その声の主が座ってきた。
ちょこんと。両手両足を揃えて。
―えっ…?―
薄汚れた、一匹の猫。三毛猫だ。
あれ?こいつ、どこかで…?

「最近はどうだ?サラリーマン。営業はうまくいってんのか?取引先のおっさんとは仲良くやれてんのか?」
去年の9/27。雨宿りの軒下。
俺の仕事の愚痴を聞いてくれた、オスの三毛猫。
瞬時に、あの日のことを思い出した。

「あれから、運が向いてきたんじゃないのか?俺に会えたおかげで」
…いや、特に。営業成績は相変わらず低調だ。
「まあ、そうだろうな。当の俺が、今じゃこんな生活をしてるんだから。ご利益なんてある訳ないわな」
あの豪邸は?追い出されたのか?
「いや、一緒に飼われてた大型犬に脅されてな、思わず外に逃げ出したら、迷子になって帰れなくなっちまった」
それで公園で野良猫か?家に送り届けてやろうか。
「いやいや、野良猫暮らしってのも自由で悪くない。結構気に入ってんだよ。俺にはこの力もあるしな」
…魔法か?今のボールもお前がやったのか?
「そゆこと。猫でも人間でも、赤ちゃんは守るべき存在だ」

三毛猫のオスって、だから貴重なのか。高額だってのは聞いてたけど。
「関係ないよ。俺が特別なだけ。三毛猫のオスは単に個体数が少ないから、希少価値が上がってるんだろ」
まあ…そりゃそーだよな。魔法が使える猫なんて、いくらお金を積まれたって…ウチに来ないか?
「…下心丸見えだな。でもな、俺の力は俺の純粋な願いからしか発動しないんだ。つまり、お前の願いを叶えることは出来ない」
それは…残念だけど、別にいいよ。お前はイイ話し相手になる。それに、単純にお前の魔法をもっと見せて欲しいんだ。
「俺の魔法?そんなの、飯を手に入れたり、敵を追い払ったりにしか使ってないよ。何も面白くない」

いや、今、目の前で奇跡を見せてくれたじゃないか。
あれがなかったら、今頃この公園は大騒ぎになってた。
母親も少年達もあの家族も、もちろん当の赤ちゃんもこの俺も、すごく嫌な思い出を残してしまったはずだ。
それを阻止したのは、お前なんだよ、猫。
俺だけがそれを知っている。
このままお前とお別れするのは忍びないんだ。
分かるだろ?

「なんだか、うまいこと丸め込まれてる気がするけど…まあ、いいか。そろそろ美味い飯とあったかい毛布が恋しくなってきたところだ。俺の力でも、目の前にないものを生み出すことは出来ないからな。世話にならせてもらおうか」
よし、じゃあそろそろ家に帰ろう。歩いて帰るのかったるいから、空を飛んだりとか出来ないのか?テレポーテーションは?
「やっぱりやめようかな…」
冗談だって。のんびり猫と散歩だ。天気もイイしな。
「お前と初めて会った日は、雨降りだったもんな。やっぱり運が向いてきてるのかもな」
天気で一喜一憂してたら身が持たないよ。
まあでも、今日はお前に再会できたから、ラッキーな日に違いない。
…そーだ、名前はあるのか?

「ハリー」
…ん?
「いや、ホントだって」
…まあ、ダンブルドアよりマシか。
「なんなら、好きに呼んでくれ。名前なんかどーでもいい」
よし、じゃあ今日からは、「ニャンコ先生」だ。

「やっぱりやめようかな…」

2/24/2025, 2:10:18 AM