終わらせないで。
人生を紡ぐこと。
他愛ない日常を楽しむこと。
生まれてきたことに、感謝を覚えること。
すべてが生きてるからこそ出来ること。
いつかは終わるから、今はまだ、終わらせないで。
スマホの写真アプリの機能で、「この日の思い出」とかいって、何年も前の今日撮った写真が表示される。
何年も前の今日、自分はここににいたんだと思い出す。
その日々は続いていて、性懲りもなく今日がある。
いろんなことがあったけど、終わらせずに、終わらずに無事にここまで来た。
ただ、ありがとう。
毎日のニュースを見れば、これは奇跡なのかもしれないと気付くだろう。
望まずに、終わってしまう人達がいる。
始まったばかりなのに、終わってしまう子供達も。
やるせなくて、どうにも出来なくて、心が痛む。
痛んだところで、何も出来やしない。
だから、自分の今に感謝して、人生を紡ぎ、日常を楽しもうと思う。
どうせいつかは終わるけど、終わるまでは終わらせない。
そんな人生を送りたい。
道行く人達に、祈りを捧げる。
今日の仕事や恋愛、学校での友達関係や、他愛ないご近所付き合いまで、すべてにおいて思い悩むことなく、朗らかに過ごせますように、と。
大きなお世話には違いない。
だけど、そんな世界は素晴らしいと思うから。
自分がこの世界に生きるほんの一世紀にも満たない時間、不安や疑心暗鬼に包まれて日々を過ごすより、信頼、安心出来る人達に囲まれて暮らしたい。
だから、皆が幸せであって欲しい。
他人に害を与える行為を、その生活から消し去って欲しい。
海の向こうの人達も。そう、爱别人。
愛情を持って、他人を眺めてみよう。
きっとその誰もが、誰かの大切な人で、誰かを大切にしてるはず。
その実際は分からないけど、そう思い込むことで、自分もその誰かのうちの一人なんだと気付けると思う。
辛いことがあるなら、誰かに相談しよう。
話すだけでもいい。解決なんかしてくれなくても。
生きるしかないんなら、「生きたい」と思う世界であって欲しい。
自分を慰めるために、誰かが誰かを傷付けるような世の中じゃ、明日に希望が持てなくなってしまうから。
聖人君子みたいな絵空事じゃなくて、一人きりでは生きていけない人間だからこそ、そう願う。
誰もがそう願ったら、きっと世界は変わるはず。
だから私は今日も、道行く人達に、祈りを捧げる。
「すみません、道を尋ねたいんですが」
「ああ、いいですよ。どちらまで?」
「ヤマゾエさんのお宅、分かります?」
「ヤマゾエ…ああ、あの丘の上の。あそこなら分かりやすいですよ。ほら、ちょっとここからも見えてる」
「あれですか。すごい豪邸だな」
「お知り合いではないんですか?セールスとか?教えちゃマズかったかな」
「いや、そんなんじゃないです。ちょっとあの家のご主人をね、始末するように頼まれまして」
「始末…?…え?」
「そういう依頼があるんですよ。その依頼を受ける仕事もね」
「依頼って…またまた、人を担ごうってんですか?」
「あなたを担いでどーなるってんですか。あなたがターゲットならともかく」
「ターゲット…」
「それでは、ごきげんよう。くれぐれも、私のことは他言しないでくださいね。自分のために仕事をしたくはないですからね」
あくまでも冷静なその男は、私に背を向けて去っていった。
私は立ち尽くす。夕暮れが迫る。
あれから一週間が経つが、近所で殺人事件があったというような話は聞かない。
そりゃ、そーだよな。やっぱり担がれたのか。
でも、私はヤマゾエさんの家族構成も知らない。
奥さんと二人暮らしだったら?
その奥さんが…依頼人だったら?
バカなことを考えてしまう。
本当に、あんな仕事を引き受ける人間がいるのだろうか。
だとしたら、私はもう顔見知りだ。
もし、どこかで出会ったら、私が仕事を頼むことも出来るのだろうか。
最近、妻の浮気を知った。
もう何年も続けていたらしい。
いや、だからといって妻をどうしようとは考えていないが…。
私は、あの日からずっと、微熱が続いている。
何もかもがうまくいかないから、人は時折立ち止まり、心を痛め、優しささえ失いそうになる。
愛情に包まれてこの世界に誕生したあの日は、生きるにつれて遠ざかり、祝福されていたのかさえ忘れてしまいそうだ。
自分は生きるに値するのか、なんて、考えても意味のないことを考え、駅の雑踏に紛れてしまったら、砂浜のそのひと粒にしか過ぎないことに気付かされる。
それでも生きるのは、あの日に生まれて、生きるチャンスを与えられたから。
この世界でうまく生きられなくても、何度失敗して挫折を味わっても、それは生きているが故の経験だって分かってる。
そこから新たに何かを始めることだって、すべてを変えてしまうことだって、跡形もなく壊してしまうことだって、自分次第で可能なはずだ。
灰色に濁った空の隙間から、待ち望んだ陽の光が届く日は必ず来る。
私達はいつだって、太陽の下で生きているから。
そこから貰った力を、原動力に変えられるから。
そうだよ、人間だってきっと、光合成が出来るんだ。
葉緑体すら持ってないけど、二酸化炭素を吐き出してるけど、太陽のエネルギーを自分のものに変えることぐらい、きっと私達だって出来るんだ。
だからうまくいかない日は、立ち止まって空を仰ぐよ。
そして深呼吸。
これが私達の光合成なんだと思う。
生きるエネルギーを充電して、また歩き出すためのパワーを手に入れよう。
大丈夫。
そうやって、数え切れないほどの人達が生きている。
自分だけじゃない。
生き方は人それぞれだけど、みんなおんなじ人間なんだよ。
「ちょっとこれ、誰のセーター?」
同棲を始めたばかりの彼女が、クローゼットから見覚えのあるセーターを持ち出してきて、僕に問い詰める。
「ああ、僕のだよ、それ」
「へぇ…これ、手編みだよね?」
「そう、よく分かるね」
「こーゆーの、捨てられない人なんだ」
「捨てたくは…ないかな」
「過去を引きずるのって、カッコ悪くない?」
「そーかな。引きずってるつもりはないんだけど」
「でもさ、今、気まずいって思ったでしょ?」
「んー、まあ、ね」
「それは、引きずってる証拠なんじゃない?」
「いや、だって、当時はホントに好きだったんだよ」
「あーそーゆーこと言っちゃうんだ。正直過ぎるのも考えもんだよね」
「今だって、機会があれば、と思ってる。なんなら、君にも認めてもらいたいんだ」
「ちょっと…待ってよ。本気で言ってるの?」
「本気だよ。実を言うとね、今でもホントに好きなんだ。これからも、続けていきたいんだ」
「えぇ…衝撃の告白なんですけど。もう出ていこうかな」
「なんで?何がそんなにいけないの?」
「…もういい。分かったよ。好きなようにすればいいじゃない。私は出ていくよ」
「ちょっと待ってよ。どうして、好きなことをやめなきゃならないの?確かに、男が編み物なんてって偏見がない訳じゃないけど、別に女の子だけの趣味じゃないだろ。男だって、自分のセーターくらい編んだっていいじゃないか」
それからは、何故か彼女が上機嫌で、「自分も編み物を覚えたい!」なんて言い出した。
なんで最初からそう言わなかったんだろう。
ちゃんと、「僕の手編みのセーターだよ」って言ったのに。