「ねえ、私との今までの想い出の中で、一番心に残ってる出来事って何?」
彼女が突然尋ねてくる。
「一番の想い出…そーだな、富士急ハイランドは楽しかったな。ほら、君がスマホを失くして探し回ってさ、閉園間際に観覧車乗り場の手前に落ちてるの見つけて…」
「そーゆー失敗談はいいからさ、なんかもっとこう、ないの?キラキラ輝いてる私との想い出みたいなの」
「キラキラ…?想い出はそんなに輝かないって。静かにそこにある感じ」
「もう…なんでそーゆーこと言うかな。想い出は自分で美化してあげれば輝くんだよ?」
病室の窓には、冬の夕焼け空が広がっていた。
君が横たわるベッドの横に付き添って、真っ赤な空を眺めている。
「今まで、いろんなことがあったよね。二人で作ったたくさんの想い出があるでしょ。すごく楽しかった。でももうすぐ、そんな想い出も作れなくなるのかな」
君が寂しそうにつぶやく。
「そんなことないよ。すぐにまた、一緒に楽しい想い出を作れるようになるって。だから、まだまだ頑張らなきゃ」
彼女の不安な気持ちも分かる。
自分がこれから体験する、生命に関わるイベントに、緊張し怯え逃げ出したくなっていることも。
でもこればかりは、どうしたって代わってはあげられない。
君にばかり重荷を背負わせて、心が苦しくて痛いけど、もうすぐパパになる僕も頑張らなきゃ。
これから、新しい家族が増えるんだから。
きっと、今まで以上に幸せな、たくさんの想い出が作られていくんだから。
猫達がコタツを求めている。
そーゆー季節だ。
ふわふわが、丸くなってあったまる。
冬の猫は絵になるな。
まるで、この季節のマスコットキャラみたいだ。
冬になったら、人間も一回り大きくなる。
着膨れて、出来るだけ肌の露出をカバーする。
夏よりも服を着込んで、それだけいろんな色を纏うようになるかと思えば、夏の装いの方がカラフルだったりするのは気分の為せる業か。
冬は、地味目な色が似合う季節だったりする。
冬になったら、青空も夕焼けも夜空も綺麗になる。
富士山だって綺麗に見える。
「空気が澄んでる」って、言葉だけでも綺麗なイメージだ。
最近、日本は四季がなくなってきて、二季だなんて言われてるけど、この季節がある限り、きっと生きている実感を得ることが出来ると思う。
冬は、厳かに年を越える季節だからかな。
冬になったら、街全体が浮かれ始める。
聞き慣れたメロディが流れ、紅白のおじいさんが出没し、トナカイが街に放たれる。
子供の頃は、欲しいものを考えてワクワクしてたっけ。
大人になった今は、「若者達よ、便乗商法に踊らされるなよ」なんて、夢もロマンもない現実主義が顔を出すけど、心の奥ではワクワクしてる。
冬は、人の心にリアルとファンタジーを与えてくれる季節だ。
猫達は日向ぼっこで気持ち良さそうに。
あったかい場所は猫達が知っている。
着膨れることもなく、澄んだ空も見上げずに、ファンタジーにもときめかない。
冬になっても、スタンスを変えない猫達はきっと、「何だか寒くなったにゃー、何でか知らんけど、寒くなったにゃー」を、ただただ繰り返して生きているように見える。
それが冬。
猫達にとっての、困っちゃう季節。
ひらがなである意味を考えよう。
離れ離れでなく、はなればなれ。
もしかして、クラムボンの曲?
それとも古いフランス映画?
漢字よりも柔らかく優しい感じがするけど、はなればなれは悲しい言葉。
いや…はなればなれで嬉しい人もいるか。
その場合は、離れ離れ、でいいのかも。
漢字って、冷たく感じる時がある。
カッコ良く思える時もあるけど。
それを言ったら、ハングル文字なんて角張ってるよなー。
タイ語なんかは原始的でなんか優しい。
멀리 떨어져。
ห่างกัน。
どちらも、はなればなれ。
さーて、どれがいいかな。
やっぱり、日本語は、そしてひらがなは安心する。
そりゃそーか。
もう何十年も一緒に過ごしてきたんだ。
これからも、はなればなれにはならない。
仲良く手をつないで、たくさんの言葉を紡ぎ出してゆきたい。
後ろから、追いかけられている。
深夜二時、今にも崩れそうな廃墟。
友達と二人で肝試しに来たが、まさかこんなことになるとは。
追ってくるのは鎌を持った女。
目が血走っている。
まともに話は出来そうにない。
逃げる途中で友達とはぐれてしまった。
振り返れば、女は俺の方へ向かってくる。
なんでだよ!と叫びたいのを堪え、廊下から開いているドアへ。
ドアを閉め、近くにあった椅子で開かないように固定する。
その瞬間、ドン!とドアに体当りする衝撃。
これで何とか籠城だ。さて、どーする。
…と、その時、背後からニャーとか細い声。
振り返ると、可愛い子猫が足下にすり寄ってくる。
子猫?なんでこんなところに子猫?
ニャーと鳴き、ドン!と鳴る。
うわあ、可愛いと恐ろしいがコラボしとる。
きっと捨て猫なんだろう。
こんな暗くて汚くて危険な場所に、こんな可愛い子を捨てていくなんて。
沸々と怒りが湧いてくる。
あの鎌女は、こんな可愛い子猫までも、餌食にしようというのか。
心が決まる。
片手で子猫を抱き上げて、もう片方の手で椅子をどかし、ドアを開ける。
果たして、女はそこに立っていた。
「やれるもんならやってみろ!この子には指一本触れさせんぞ!」
俺は子猫を抱きかかえたまま、女にタックルをかました。
確かな手応え。
猫がニャー!と鳴く。
女が、反対側の壁まで吹っ飛んだ。
そして俺は、腹の辺りに鈍い痛みを感じる。
見ると、女の持っていた鎌が、俺の腹にグッサリと突き刺さっていた。
「お前はもう大丈夫だ。俺はいいから、ここから逃げるんだ」
映画のようなセリフを吐いて、猫を手放す。
だが、子猫は俺から離れなかった。
ニャーと鳴いて、倒れた俺の体に身を寄せてくる。
なんて可愛いんだ。
コイツのために死ねるなら本望じゃないか。
「おい、大丈夫か?」
目を開けると、友達の顔。
生きてる…?…子猫は?
起き上がり、辺りを見回すと、見覚えのある廃墟。
鎌女は…いない。
子猫も…いない。
「いつの間にかお前とはぐれてさ、しばらくして探しに戻ったんだ。そしたら、女の悲鳴と動物の唸り声みたいのが聞こえて…怖くて廊下の角から覗いてみたら、なんかデッカイ獣みたいなのが女を…食ってた」
デッカイ獣…いや、まさか。
あの可愛い子猫が?そんな訳ない。
突然、忘れていた腹の痛みがぶり返してきた。
「お前、それ、ヤバイじゃん!」
血だらけの俺の腹に友達が声を上げる。
「そんなに痛くない。でも、救急車、呼んでくれ」
腹の傷は思いのほか癒えていた。
何かが、丹念に舐めた形跡がある。
あの猫はどこへ行ったのだろう。
女を跡形もなく消して、それから…。
いや、本当に猫だったのだろうか。
思えば、あんなほとんど人も来ないような廃墟で、子猫が一匹、生き長らえるとも思えない。
何か別の、人知を超える生き物だった可能性もある。
…怖いと怖いのコラボだったか。
それでも、俺を食べずに生かしてくれたのは、俺が身を挺して助けようとしたお返しだったのかも。
なかなか、イイ奴だったのかもしれないな。
それからというもの、その廃墟に近付くことはなかった。
俺の傷も、階段から転げ落ちて木片が刺さったということで誤魔化し、次第に完治していった。
時折、あの子猫の声が聞こえる。
ニャーと鳴き、心がドクン!と鳴る。
うわあ、可愛いと恐ろしいがコラボしとる。
俺の体、何かに乗っ取られたりはしてないか?
何となく、先日この場でお別れを告げたような気がするけど、まあ、気のせいだろう。
それか、お題がそんなんだったのかな。
いや、「また会いましょう」だから、あながち間違ってないか。
まあ、それはそうと秋風。
もはや秋な感じではない今日この頃。
寒さに震えながら、仕事に向かう。
駅で降りて、たくさんの人達に混じって。
ふと思う。
あの、うだるような夏はどこへ行った?
あの日と同じ場所にいながら、まるであの暑さが思い出せない。
だって、この場所はこんなに肌寒い。
かろうじて秋風と呼べるような、一陣の風が吹き抜ける。
夏の熱風に比べたら、かなり心地良いが。
気付けば、こんな繰り返しを早半世紀。
そしてもうすぐ、今年も終わりが近付いている。
生きてるんだな。
季節が移り変わってゆく。
時を止めることは出来ず、巻き戻しも早送りも叶わない。
そうやって、私達はゴールに向かって生きている。
秋風に吹かれながら、職場に到着した。
朝から黄昏るな。自分に言い聞かす。
しっかり働いて、誰かのためになろう。
自分に出来ることを、精一杯やろう。
ただ、それだけだ。