ぼっちは嫌じゃない。
人付き合いは煩わしい。
気を使いすぎてメンタル壊すくらいなら、最初から一人でいる方が楽。
ぼっちでいることは自由でいることと同義だ。
なのに、最近うるさい奴がいる。
二学期に入った辺りから、やたらと俺に声をかけてくる。
今日の体育何だっけ?とか、あいつの授業暇だよな、とか、どーでもいい独り言みたいなのを、俺の席まで来てつぶやく。
とりあえず、さあ?とか、うん、とか返すけど、正直鬱陶しい。
学校からの帰り道で、あいつを見かけた。
河川敷で上級生に囲まれてた。
そーいえば、今日学校で、最近先輩達に睨まれててさー、とか言ってたな。
まったく、人付き合いはめんどくさい。
見て見ぬふりが出来ないのは、俺個人の性格のせいかもしれないけど。
「なんでここにいんの?」
「帰り道だから」
「いや、そうじゃなくて、なんでお前も殴られてんの?」
「お前が殴られてたからだよ」
ぼっちは嫌じゃない。
人付き合いはめんどくさい。
余計なことにクビ突っ込んで、痛い目にあうこともある。
でもまあ、二人でいても、相手が相手なら自由でいられるんだな。
束縛や詮索のない関係でいられるのならば。
泣かないで LADY
きっとこんな夜に また会えるから
吐息ひとつ 伏せた瞳
あなたの仕草が 心締めつける
微笑んで LADY
君がいない部屋で 独り泣き濡れる
時が過ぎて 涙乾いて
壊れゆくメロディ 心揺れ動く
次のシーンに変わる前のほんの一瞬の間に
伝えたかった想いは グラスの底に沈んで
先が見えないこの時代の片隅に生きている
誰もがDreamer 孤独の中で夢見る
だから夢が醒める前に もう一度だけ会えたら
誰かの思惑など気にせずに 君を連れて明日へ
許されない生き方なんて無いさ
望まれない幸せなら欲しくない
いつか夢が醒める前に 世界を失ったとしても
二人だけの居場所を探して 君を連れていくよ
許されない生き方だとされても
醒めない夢を見続けているなら
目を覚ました朝に 隣に君がいない世界ならいらない
ただひたすらに夜を待ち 君への愛を伝えられる場所へ
泣かないで LADY
きっとこんな夜に また会えるから
吐息ひとつ 伏せた瞳
あなたの仕草に 心惹かれてく
「胸が高鳴る」
入院中にそんな言葉を聞くと、不整脈、狭心症、心不全がまず浮かぶ。
あとは、不安から来る交感神経の高まりとか。
興奮し過ぎると、心臓にそれなりの負担がかかるもので。
でもまあ、そんなことを書き始めると、ただの医療レポートのようになってしまうので、最近胸が高鳴った経験を思い返してみると…無い。
いや、無いことはないが、朝の電車でパニック起こしそうな時とか、それこそ先日の手術前とか、結局医療レポートに載りそうな出来事ばかり。
思えば、過去に胸が高鳴った記憶といえば、まず筆頭に浮かぶのが、ギャンブル。
これは高鳴ったね。
勝った時も負けた時も、それが決まる直前も。
まあ結局、負けて苛立ちで興奮することが日常になってしまって、やめた。
恋愛で胸が高鳴ったのは、もう遠い昔。
よく覚えていない。
今はもう、ドキドキしなくても一緒にいられる存在になったから、胸が高鳴るどころか、心が安らげる場所がそこにある。
ここに辿り着けたことは、ホントに幸せなんだなと思う。
幸せの要素がひとつふたつ増え、家族が出来上がったことも。
胸が高鳴る経験は少なくなったけど、落ち着いてじっくり人生を味わう時間は増えたような気がする。
今の入院生活みたいに。
振り返る過去の記憶は日々増えていくもので、年を取れば取るほど、様々な思い出をストックすることが出来る。
これは、年を取ることのメリットだと思う。
まあ、忘れてしまったものも多いけど…きっと、覚えているべきこと、忘れてしまった方がいいものが、自然淘汰されているんだと思う。
恋愛に対する胸の高鳴りなんて、いつまでも持ってたら家庭を守っていけない…んじゃないかな?
人生に刺激を求め続けるなら、それもアリかと思うけど。
それでも、映画とか音楽とかゲームとか、胸が高鳴るとまではいかなくとも、ワクワクするものはそこかしこにある。
それだけで人生は充実してるし、新しい何かに挑戦することだって出来る。
文章を書くこともそのひとつ。
生きてる限りは、ワクワクしながら楽しんで日々を過ごしたいね。
そして、健康には十分に気を付けて。これは切実。
何が起きたのか、分からなかった。
突然、自分の名前を連呼されて、目を覚ます。
急に吐き気に襲われて、目の前がグルンと回ったかと思うと、何人もの医師や看護師に囲まれていることに気付いた。
ゆっくりと状況を理解する。
手術が終わったのか。
ついさっき、映画のワンシーンのような慌ただしい手術室に運び込まれて、次々と質問をされて答えていたはずだが、気付いたらすべてが終わっていた。
全身麻酔のせいで、時間の経過が不条理だ。
この、小1時間ほどの間に、自分の体に穴が開けられて、中の悪いものを取り出されたとは、にわかに信じられない。
さっきまでと何が違う?
…いや、この痛みは無かったな。
お腹に痛みがやってくる。鋭い痛みだ。
通り魔に刺されたらこんな感じなのか?なんてネガティブイメージに襲われながら、ストレッチャーで病室へと運ばれる。
朦朧とする意識の中、ベッドの上。
夜にかけて、半睡状態が続く。
眠ろうにも痛みが強くて、完全に寝入ることが出来ない。
ベッドの周りにたくさん人がいるような、その人達が自分を見下ろして何かをつぶやいているような、感覚。
目を開ければ、薄暗い病室には誰もいない。
ベッドの隣りにある窓の外には、ゴジラサイズのリラックマが歩いていた。
いつの間にか眠りに落ちて、朝が来て、看護師さんに起こされる。
窓の外の街並はいつも通りだった。
リラックマは建物を避けて歩いていったらしい。
痛みもかなり薄らいで、今日は歩けたし、食事もとることが出来た。
もう大丈夫。あとはのんびり、療養生活だ。
ただ、昨夜見た、あのベッドの周りにいた人達。
何となく、今夜も来るような気がしてならない。
今思えば、あの人達は白衣じゃなかったな。
自分と同じようなパジャマを着て、悲しそうに何かをつぶやいていたような…まあ、気のせいだろうけど。
ひとしきり泣いた後、彼女に別れを告げる。
自分が起こした事故で、先に逝ってしまった彼女。
どれだけ自分を責めても、誰に許されることもない。
一生自分の過ちを責め続けるだろう。
自分が自分を許さない限り。
あと半月で、彼女の誕生日だった。
その日にプロポーズしようと決めていた。
海が好きだった彼女のお気に入りのこの場所で、
助手席の君に渡すはずだった指輪は、
今もまだダッシュボードの中にある。
今もまだ、助手席に君がいる気がして。
…でもそこに、君はもういない。
ダッシュボードを開け、君に渡すはずだった指輪を取り出し、車を降りる。
崖下に広がる海を見下ろし、力いっぱい指輪を放り投げた。
小さな指輪は弧を描いて飛んでいき、すぐに視界から消えてしまった。
車に戻り、シートに身をうずめる。
隣に彼女がいた頃を思い出して、
「ごめん。僕は自分を許すことにしたよ。君がいない今、自分を許してくれるのは僕しかいない。僕が僕を許してあげなきゃ、僕の居場所は失くなってしまうから」
誰も座っていない、助手席を見つめて伝えた。
その直後、カーステレオから、君が好きだった曲が流れ出した。
−訪れるべき時が来た−
−もしその時は、悲しまないで、ダーリン−
二人で口ずさんだ曲に包まれて、僕は車をスタートさせる。
自然と口元が綻んでくる。
「悲しまずにいることは無理だけど、もう、一生分泣いたから、これからしばらくは泣かないよ。こんなサプライズをされてもね」
本当に、訪れるべき時が来たんだな、そんな気がした。
もうきっと、こんなサプライズは起きないだろう。
さようなら。
君が助手席にいてくれて、いつも僕は幸せだったよ。