ホームに降りる頃にはすっかり日が落ちていた。予報通り雨はやんで、どこまでも曇り空が続く。
改札を抜けてから、手に持ったままの折りたたみ傘を一度開いて畳み直した。湿気を吸ってしなびたキャベツのようになった布地に均等に折り目を施してスナップを留める。季節の変わり目なのだからある程度降るのは仕方ないとしても、去年こんなに降っただろうか。君とであって出掛けた同じ季節に、雨に降られた記憶はなかった。
たった一年。
君とであってまた離れるのに費やされた短いとは言えない歳月。いろんなことがありすぎて、今までと同じ呼び名ではとても釣り合いが取れなかった。
雲が風に流されていく。切れ間に小さな光が瞬く。一番星を探しながら手を繋いだ同じ道で。
厚い灰色のにあの日見た夜空を思う。シャラシャラと星の鳴る音が、はぐれてなお私に告げる。
君を知るための孤独なのだと。
『星空の下で』
この道はなんだかずっと工事中だ。日が落ちて誰もいない道路の脇に、オレンジのフェンスが並んでいる。両手を繋いだように太いパイプの電飾が続いていた。
「こういうの好きなんだ」
並んで歩きながらあなたが言った。
「ここから始まった光がさ」
フェンスに近づいて端を指差す。
「すごい勢いで向こうに走ってくみたいに見えるでしょ?」
実際は時間差で順に点滅してるだけだ。分かってはいても言われてみれば確かにそう見えた。
「ただ走るために生きてる感じで」
永遠みたいに走って消える光の明滅。
大切なものを壊してやりたかった。
それであなたに近づいたのに。
それは困るなぁとあなたは笑った。
あんたまだ死ぬのいやでしょ?
「生きてくってそんなもんかも。意味なんてないんだよ」
だからしたいようにしていいよと道の真ん中で両手を広げ、あなたは静かに目を閉じた。
『大切なもの』『それでいい』
真夜中に強まる風の桜吹雪
こんなにも近くに濃い香り
はじめてのあなたの温もり
日付が変わるさかいめで
もう少しだけこのままで
嘘だよとまだ言える余地
ちゃんと残してあげるから
『エイプリルフール』
もう会わないつもりでいると思ったのに、ある日君に呼び出された。 自販機のボタンから「あたたかい」が消える頃だった。
ゴトゴト音を立てた機械の前にしゃがみ込んで、君は二本まとめて缶を取り出す。一本ずつ取らなきゃいけないんだよ、と私はもう言わなかった。
差し出されたミルクティとカフェオレ。ほんのしばらく迷ってから、私はミルクティを選んだ。君は僅かに眉を寄せて、チラリと地面に目を落とした。
知ってるよ。君が目線を落とすのは何か不満がある時だ。左の方を見るのは噓を吐こうとしてる時、右は記憶を手繰り寄せている時。
けれどこの直後、君は黙って私を見つめた。今までに一度もなかった。心の奥まで見られる気がして、缶を開ける振りで私が目を伏せた。
『My Heart』『見つめられると』
近頃のネットのアルゴリズムはすごい。このデバイスの持ち主が調べたものばかりが、即座に反映して表示される。
あたしのパソコンは今や、発毛剤と、持病があっても入れる保険だらけになった。一気に老け込んだ気分になる。なんと根暗なやり口なのか。
YouTubeを観ていても何かを検索していても全部見事にそればかりだ。
どのみちどこにもないもんな、あたしのほしいモノなんか。ネットのおすすめ広告になんて出てこない。あたし自身にだってよく分かんないんだから。
言われて初めて欲しかったって気づいた。あんたを羨ましいって思った。好きじゃなかったはずなのに、居なくなって初めて大切だと知る恋だった。
『好きじゃないのに』『ないものねだり』