未知亜

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3/26/2026, 9:47:37 AM


 駅前の愛用スーパーが全面改装で閉店して一週間。冷蔵庫がほとんど空になった。ギャグマンガみたいに、まじでなんも入ってない。
 仕事帰りに遠くの店まで行く気になれず、 休日の今日こそ買い出しに出るつもりだった。なのに予報はところにより雨。起きた頃に覗いた地面は乾いていたのに、ベッドでウダウダしているうちにざあっと強い音がした。雨雲レーダーを眺めても、一旦止んではまた降るような際どい雲行きだ。
 今日はもう、買い置きのカップ麺でいいや。部屋着のまま、もう一度ベッドにもぐりこむ。徒歩15分のコンビニに行くのさえ面倒だ。頼りにしてたものが消えるダメージに、じわじわとやられている気がした。
 ところにより雨なんて一番タチが悪い。いっそのこと一日ザーザー降っていてくれればまだ諦めもつくのに。
 カーテンの端を引っ張る。変に明るい窓を雨粒が伝い、水滴同士がくっついて星のようにスッと流れた。

 いっそのこと思い切り嫌わせてくれたら、まだ諦めもつくのに。


『特別な存在』『ところにより雨』

3/23/2026, 9:33:00 AM

 二人っていうのは、もっとも小さな複数でかなり閉じた世界だ。

 誰に聞いたんだったかな。
 きみだったと思うけど。
 どこかで読んだ言葉を、きみから聞いた気がしてるだけかもしれない。
 そんなことがとても多い恋だった。

 そばにいると世界がどんどん縁取られて、知らない場所に連れて行かれた。
 それがすごく怖くて楽しくて、たまらなく幸せだったよ。
 二人ぼっちみたいな気でいたのは私だけだったね。

『二人ぼっち』『バカみたい』

3/21/2026, 3:38:30 AM


 春の陽が注ぐ電車に乗って、穏やかに君が微笑んでいた。だからこれは夢だと思った。

 最近会った人に君のことを話したら、あなたは優しい人だねと言われた。そんなひどいこと言われてもその人に感謝しているだなんて。恨みを感じていないだなんて。
 そんなことないですよ、と私は言った。そうなんですかねえ、だったかもしれない。本当はどうなのか自分でもよく分からなかった。過去は美化されると言うし。夢も美化されると言うし。

 聞いてる? と君がまた笑う。いつもうわの空なんだから。
 どこに向かってるんだっけ。
 私は君の手を見て言った。鞄の上で指先を組んで、答えた声は上手く聞き取れなかった。
 車窓を水が流れていく。川だと思った瞬間に、それは海になり街になった。
 知らない場所ってわくわくするね。
 弾んだ声に抗えず、一瞬だけ向かいに目をやる。ちゃんと見つめてしまったら、自分でもよく分からないこの気持ちが、君をかき消してしまう気がして。

『胸が高鳴る』『夢が醒める前に』

3/19/2026, 10:10:53 AM

手持ちのカードで戦え
ルール知らんまま戦え
後出じゃんけんを戦え
正解は分らないが戦え
勝ちなど望まずに戦え
いのち尽きるまで戦え

負けなければ、それでいいんだ。

『不条理』

3/18/2026, 9:46:50 AM

 その子どもは一歩歩くごとに立ち止まっていた。壁に貼られたポスターの亀や、床に伸びた黄色のタイルを、速度を落としてあたしも眺めた。トーマスのリュックを右肩にかけ、父親らしき男性はすれ違う人の邪魔になりそうな時だけ、息子をさり気なく通路の端に誘導した。
 あたしも、真っ直ぐには歩けない子どもだった。この世界は刺激に満ちていて、ひとつひとつ明らかにしないでは先になど進めなかった。母はたびたび大声を出し、私の腕を強く引いては真っ直ぐ歩かせようとした。

 腕時計にチラと目をやった男性が、両手をじゃんけんのチョキにして横歩きをし始めた。
「あ! パパ、かにさん!」
 気づいた子どもが真似をしてカニ歩きで傍に寄る。
「ちょっと急ぐカニ。ついて来れるカニ?」
 子どもが楽しげに「いけるカニよー!」とスピードを上げる。おむつで膨らんだ尻が揺れる。

 羨ましいと思う気持ちと良かったねと思う気持ち。そのどちらもあたしの真実で今だ。
 遠ざかるカニ親子がぼんやり滲む。泣かないよ、こんなことで。こんなことくらいで今更。

『泣かないよ』

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