未知亜

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1/6/2026, 8:25:42 AM


 自動ドアを抜け角を二回曲がると、バス停はすぐに見つかった。寒々しい日陰のベンチに腰を下ろす。
 初老の小柄な男性がやってきて、しげしげと時刻表を眺め、ひとつぶん空けてベンチに座った。けれど時折身体を道路側へ傾けるようにして、彼はしきりになにかを気にしている。青空の下、巣穴に立って周囲を窺う動物……最近なんかで見たなあ。名前なんだっけ。
「遅いですよね」
 そうだ、プレーリードッグ。思い出した瞬間、話しかけられ、一瞬なんのことか分からなくなる。
「バス」
 笑ってつけ足されて、おやと思った。
「次、四十五分ですよね? まだ二十八分ですから」
 プレーリーさんは不思議そうな顔をしたが、
「あっ、そうか」
 と小さく叫んだ。
「もう平日でしたねえ」
 年末年始の名残なのか、土日ダイヤを見ていたらしい。
「教えていただいて良かった。ありがとう。ちょっと時間潰してきます」
 プレーリーさんは丁寧にお辞儀をして、手に持った茶色の帽子をかぶり直し駅の方向に歩いていく。
 彼の行く手をやわらかな陽射しが照らしていた。

『冬晴れ』

1/5/2026, 7:08:06 AM

 何日も続いた雨がやんで、ほかほかとあたたまった部屋で録画しておいたドラマの続きを見る。CMのたびにベッドのうえで足を伸ばしたり腰を捻ったりしながら、幸せってこういうことだと私は唱える。

 ハーブティー、飲む?
 声が聞こえた気がして手が止まる。キッチンで沸かしたお湯を真剣な顔で湯呑みに移し替えて。「適温は70度だから」なんて私に説いた横顔。舌で触っては痛みを確かめた口内炎はいつの間にか消えていた。

 右隅に陽を反射してのっぺりとした画面の中で、主人公とヒロインが寄り添う。ひとりでは成し得ないこと。あなたが隣に笑うこと。失ってはじめて、そうだったと思えること。

『幸せとは』

1/4/2026, 9:44:10 AM

 散々な初夢だった。なぜか私は看護師で、よく分からん手術を担当することになった。けれど医師がハチャメチャで、内蔵が飛び出してとんでもないことになる。切り刻まれたゾンビに追われ、冷や汗のなか目が覚めた。
 部屋の中はうっすら朝日が差していた。枕元を改めると、縁起を担いで準備したイラストはちゃんとそこにあった。今年こそ、一富士二鷹三茄子の夢を見られるつもりだったのに。朝までここにちゃんと頭さえあれば。
 年に一度のチャンスを反故にしてもう何年目になるだろう。寝る前に枕と頭を固定した紐はベッドの外でとぐろを巻いていた。苦い気持ちでカーテンを開ける。ゆっくりと昇る朝日を、今年も私は呆然と眺めた。

『日の出』

1/3/2026, 9:08:26 AM


 年末年始はなんだか許された気持ちになる。目が覚めた時には、とっくに午前が終わっていた。壁掛け時計を三度見して「まじかー」とつぶやいた息が白い。

 外に出れば、勿論電車もコンビニもショッピングモールも絶賛稼働中だ。年末年始こそ仕事に追われる人たちもいる。だけど私のかかわるあれこれは、みんな一斉に動きを止める。メールは来ない、通知も届かない。世界が5日だけしんとなって身を潜めている。
 
 だいたい、朝9時から夕方6時まで働くって誰が決めたんだろ。午後に2時間休憩を取るとか、5時以降は働かないとかって決まってる国もあるのにさ。

 あたたまった布団の中で今年の抱負をがんばらないことに定め、私は再度眠りに落ちた。

『今年の抱負』

1/2/2026, 9:59:25 AM

 一夜明けただけで、ウェブ広告の文字もテレビCMも一気に「ハッピーニューイヤー」「新春」の文字であふれかえる。年が変わっても、毎日は何も変わらないのに。
 放り出しかけたスマホが立て続けに鳴った。メッセージアプリを開くと、華麗にターンする馬のイラストの後ろで「Happy New year」の文字が踊るスタンプ。
——あけましておめでとうございます!
——明日、待ち合わせ駅前でいいですか?

 老舗の洋菓子店の店頭にクリスマスケーキをキャンセルできないかと相談に行ったのは、イブの前の日だった。そんな直前に頼んでも断られること間違いないのに。今思うと、誰かに知ってほしかっただけなのかもしれない。クリスマス前に壊れた恋があったこと。
「キャンセルはお受けできないですけど」
 対応してくれた若い女性店員——矢島ちゃんは、にっこり笑って言った。
「たとえばケーキ自体を小ぶりに変えて、違う味のものを3つお作りすることは出来ると思いますよ?」

 あのお店のオーナーがあんなに若い人だとは想像もしていなかった。ケーキを受け取った後も変わらずお店に立ち寄る私は、結構意外だったらしい。
「うちを見るのも近くを通るのも、もうお嫌なんじゃないかと思ってました」
 クッキーの袋を手渡しながら矢島ちゃんが言う。
「だってケーキに罪はないし。こんなことでここのスイーツを避けるのも、なんか癪だから」
 だけどひとりの年末年始はなんだか味気ない、と私はつい本音を零す。外出予定は、見事にすべてなくなっていた。
 彼女はいたずらを思いついた子どもの顔になる。
「どこも行くとこないなら、初詣付き合ってもらえません?」

 あの約束、冗談じゃなかったんだ。
 数日前までは、特に関わることもなかった人なのに。
 年が改まっても、胸の奥底は相変わらず苦しいままで。甘えるのが申し訳ないような、出かけること自体めんどくさいような気持ちもありながら。
 お誘いに乗らせてもらうことにして、新年っぽいスタンプを私は検索しはじめた。

『新年』

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