年末年始はなんだか許された気持ちになる。目が覚めた時には、とっくに午前が終わっていた。壁掛け時計を三度見して「まじかー」とつぶやいた息が白い。
外に出れば、勿論電車もコンビニもショッピングモールも絶賛稼働中だ。年末年始こそ仕事に追われる人たちもいる。だけど私のかかわるあれこれは、みんな一斉に動きを止める。メールは来ない、通知も届かない。世界が5日だけしんとなって身を潜めている。
だいたい、朝9時から夕方6時まで働くって誰が決めたんだろ。午後に2時間休憩を取るとか、5時以降は働かないとかって決まってる国もあるのにさ。
あたたまった布団の中で今年の抱負をがんばらないことに定め、私は再度眠りに落ちた。
『今年の抱負』
一夜明けただけで、ウェブ広告の文字もテレビCMも一気に「ハッピーニューイヤー」「新春」の文字であふれかえる。年が変わっても、毎日は何も変わらないのに。
放り出しかけたスマホが立て続けに鳴った。メッセージアプリを開くと、華麗にターンする馬のイラストの後ろで「Happy New year」の文字が踊るスタンプ。
——あけましておめでとうございます!
——明日、待ち合わせ駅前でいいですか?
老舗の洋菓子店の店頭にクリスマスケーキをキャンセルできないかと相談に行ったのは、イブの前の日だった。そんな直前に頼んでも断られること間違いないのに。今思うと、誰かに知ってほしかっただけなのかもしれない。クリスマス前に壊れた恋があったこと。
「キャンセルはお受けできないですけど」
対応してくれた若い女性店員——矢島ちゃんは、にっこり笑って言った。
「たとえばケーキ自体を小ぶりに変えて、違う味のものを3つお作りすることは出来ると思いますよ?」
あのお店のオーナーがあんなに若い人だとは想像もしていなかった。ケーキを受け取った後も変わらずお店に立ち寄る私は、結構意外だったらしい。
「うちを見るのも近くを通るのも、もうお嫌なんじゃないかと思ってました」
クッキーの袋を手渡しながら矢島ちゃんが言う。
「だってケーキに罪はないし。こんなことでここのスイーツを避けるのも、なんか癪だから」
だけどひとりの年末年始はなんだか味気ない、と私はつい本音を零す。外出予定は、見事にすべてなくなっていた。
彼女はいたずらを思いついた子どもの顔になる。
「どこも行くとこないなら、初詣付き合ってもらえません?」
あの約束、冗談じゃなかったんだ。
数日前までは、特に関わることもなかった人なのに。
年が改まっても、胸の奥底は相変わらず苦しいままで。甘えるのが申し訳ないような、出かけること自体めんどくさいような気持ちもありながら。
お誘いに乗らせてもらうことにして、新年っぽいスタンプを私は検索しはじめた。
『新年』
「先生。今年もお世話になりました!」
私がそう言うと、先生は決まって顔じゅうにハテナマークをめぐらせ、一瞬間をおいて「ああ……」と合点がいったように頷いた。
「まだ蝉も鳴いてないけどね」
いまは6月。当たり前だが、周りにそんな挨拶をする人はいない。
「だって、先生とは年に一度しか会えないじゃん。だから今日言わないと」
「年に一度で十分よ」
撮ったばかりのマンモの画像を先生はチラリと見る。
「親きょうだいでもない限りそうそう会うもんじゃない、外科医なんて」
やさぐれた言い草に私はギャハハと笑う。
「先生、友だち居ないでしょ」
「いるよ〜? 100人ぐらい」
電子カルテに入力しながらの返事が棒読みだ。
「とにかく今年も異常なし」
「はーい」
「帰っていいよ」
「ありがと~ございました。良いお年を!」
「気をつけてね。良いお年を」
「おおー! 来年まであと10秒ー!」
12月。今年と来年の騒がしい真ん中で、私はいつも半年前のやり取りを思い出す。薄暗い診察室。友だちの居ない先生の、電子カルテに照らされたちっとも寂しそうじゃない横顔を。
『良いお年を』
※今年1月にこのアプリを知り、もう少しで一年が経ちます。
ご覧くださる方、いいねをくださる方いつもありがとうございます。
体調不良でおやすみすることもあるのですが、引き続きマイペースにつづけてまいります。
これを目にされた方すべてに、穏やかな年の始まりが舞い降りますように。
どうぞあたたかくしてお過ごしください。
未知亜
プラネタリウムを出て、二人して空を見上げた。いま見ているのがどの方角かもわからない場所で、さっきまでと同じ画角で星が見えるわけもない。
「夜が長くなったよね」
星座や星の話をするのかと思ったが、あまり関係ないことを君がつぶやいた。
「もうすぐ今年も終わりなんて信じらんないな。一年ってどんどん早くなってる気がする」
知ってる? と君が続ける。幼いうちは生きてきた年数に対して一年の割合が大きいから、時間はゆっくり感じられるらしいよ。大人になるにつれて人生の20分の1、30分の1って感じにどんどん縮小されていくから、そのうち一年はあっという間に感じられるんだって。
「ふうん」
その説は、私もどこかで聞いた気がする。でも、私の今年はどの年よりも長い。
「なに? 納得できない顔してる」
君が笑う。
「だって、私の信じる説とは違うから」
子どもの頃の方が時間が長く感じられるのは、出会う物事が新鮮だから。大人になるにつれ知ってる出来事が増えて対処の仕方も楽になると、その分時間の流れが退屈であっという間に感じられるって考え方もあるよ。
そう解説すると、君は私みたいに
「ふうん」
と答えた。
「なに? マネしないでよー」
何万年も何億年も生きる星には、地球の一年がどう感じられるだろう。意味もない問いかけだけど、君と出会ったこの一年は、私には止まってるみたいにゆっくりで長かった。
何万年も前の光がようやく地上に届くように。私の過ごした年数が、ある日突然いつか急に速さを増すかもしれない。星の光に包まれて私は一気に年を取るのだ。そんなふうに考えるととてもわくわくする。
「まーた、なんか違うこと考えてるな」
君がこちらを見つめてニヤリとした。
『星に包まれて』
大通りに出ると足元でイチョウの葉がカサカサ鳴った。立ち止まったら、つないでいた手がピンと伸びてあなたが振り向く。
「どうしたの?」
答えの代わりに、折り重なる黄色をつま先で弾く。地上数センチで大小さまざまな葉っぱが小さく舞った。
あなたがなにかつぶやいた気がして、私はその顔を見上げる。前にもこんなことあったなと思う。
「なに?」
今度は私が尋ねたけど、あなたは笑ってそっと私の手を引いた。すべて肯定してくれるようなその笑顔に果てしない安心を覚える。
よく晴れたイチョウ並木を、私たちは駅に向かってまた歩き出す。
久しぶりに見たおじいちゃんの夢だった。記憶よりずっと若かったけど、おじいちゃんだとすぐわかった。
戦争の話、昔の旅の写真、紺色の箱の煙草と、ドーナツ型に吐かれた煙。覚えているのはそんなことだ。肺を患って長期入院した挙句、秋の朝に静かな終わりを迎えた、おじいちゃんの旅路。
窓を開けて空を見上げ、私は心でつぶやいてみる。
また夢に遊びにきてね。おじいちゃんとあの電車に乗って、心の旅路を一緒にたどってみたいから。
『心の旅路』『静かな終わり』