未知亜

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4/15/2025, 9:11:20 AM

 未来のことを描くのはやめよう。何度もそう思った。
 新しい季節が来ると、新しい出会いがあると、今度こそはと考えてしまう。つい人を信じすぎて、空回りしてしまう。予想通りにいったことなど、結局一度だってなかったのだ。
 期待なんかしなければ、裏切られたと嘆くことも、情けなくて砂を噛むこともないはずで。だからほどほどであきらめる。それがいまの私の未来図だった。
 ……そうだった、はずなのに。


『未来図』

4/14/2025, 8:39:20 AM

ㅤ帰宅を促すチャイムが聞こえる。私は窓を開けて、ベランダに出た。いつの間にかこんなにも日が長くなったと知る。
ㅤ桜の花びらがひとひら、ふわりと飛んで目の前を風に転がった。思わず辺りを見回した。それらしい樹なんてこのへんにはないはずなのに。そもそも、桜の季節はとうに終わっているのではなかったか。
ㅤこころは嵐のさなかでも、季節は確実にめぐっていくのだ。あの頃、この時間はもうだいぶ暗かった。世界にはちゃんと、私とは別の時間が流れている。そんな当たり前のことがなぜか急に愛おしくなった。
ㅤ零しても零しても枯れない涙。こんなふうに風に乗ってどこへなりと飛ばせたらいいのに。それを見つけた誰かが周りを見回し、どこから来たのかと首を捻ってくれたなら。私の心も少しだけ救われる気がした。

ㅤ摘んだ花びらを風に返す。
ㅤ表通りではもうすぐつつじが咲くだろう。


『ひとひら』

4/13/2025, 9:09:48 AM

 雨が降っていたような気がする。
ㅤ絵本を読む母親の声がだんだん間延びして、私は白い腕を揺する。母はハッと背中を伸ばし、笑って本を持ち直す。ごめん、ごめん。どこまで読んだっけ?ㅤけれどしばらくすると、母はまた船を漕ぎはじめる。
ㅤ失速してゆく母の声が心地好くて。膝に伝わる温もりが柔らかくて。この時間が終わってほしくなくて。もう殆ど暗記しているお話のつづきを私はせがんだ。
ㅤ思い出せる中で、いちばん古い風景だ。自分を脅かすもののことなどまだ知るすべもなく、この世界は優しさに満ちあふれていた。
 
ㅤ窓の外を眺める白い横顔を私は見つめる。もしかしたら、あの頃の私よりも小さいのかもしれないあなたを。
ㅤ雨音が、激しくなる。


『風景』

4/12/2025, 8:35:28 AM

ㅤ出会った瞬間分かる相手なんて、ありえないとおもってた。鐘が鳴るとかそこだけ輝いて見えるとか、映画や小説じゃあるまいし。
ㅤだけど君の顔を見た途端、耳の奥で何かが鳴った。視界が弾けた感じがして、花の蜜が香り、言葉が見つからなくなった。君なんだ、とただ僕は思った。
ㅤそれが愛だったなら、本当に良かったのに。


『君と僕』

4/11/2025, 12:20:02 AM

ㅤ仕事をやめても、相変わらず眠れなかった。
ㅤ諦めて散歩に出ると、帰りには登校途中の小学生とすれ違う。徒歩の人もいれば自転車の人もいる。ひとりもいれば複数の人も。校帽や制服の違いから、近隣には小中高合わせて五つくらいの学校があると知れた。そんなことも、知らなかった。
ㅤ前から来る小学生の青いパーカーに「帰りたい」と書いてある。白い文字がなんだか情けなく訴えていた。
ㅤ彼は給食袋らしき巾着をぶら下げ、ほてほてと信号を渡って校門の奥へ吸い込まれていく。門の脇に、垂れ幕があった。
「夢へ!」
ㅤ登校前から帰りたいと書かれた服を選んでしまう彼の夢が、果たされますようにと願いながら帰宅の途に着いた。



『夢へ!』

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