ㅤ帰宅を促すチャイムが聞こえる。私は窓を開けて、ベランダに出た。いつの間にかこんなにも日が長くなったと知る。
ㅤ桜の花びらがひとひら、ふわりと飛んで目の前を風に転がった。思わず辺りを見回した。それらしい樹なんてこのへんにはないはずなのに。そもそも、桜の季節はとうに終わっているのではなかったか。
ㅤこころは嵐のさなかでも、季節は確実にめぐっていくのだ。あの頃、この時間はもうだいぶ暗かった。世界にはちゃんと、私とは別の時間が流れている。そんな当たり前のことがなぜか急に愛おしくなった。
ㅤ零しても零しても枯れない涙。こんなふうに風に乗ってどこへなりと飛ばせたらいいのに。それを見つけた誰かが周りを見回し、どこから来たのかと首を捻ってくれたなら。私の心も少しだけ救われる気がした。
ㅤ摘んだ花びらを風に返す。
ㅤ表通りではもうすぐつつじが咲くだろう。
『ひとひら』
4/14/2025, 8:39:20 AM