雨が降っていたような気がする。
ㅤ絵本を読む母親の声がだんだん間延びして、私は白い腕を揺する。母はハッと背中を伸ばし、笑って本を持ち直す。ごめん、ごめん。どこまで読んだっけ?ㅤけれどしばらくすると、母はまた船を漕ぎはじめる。
ㅤ失速してゆく母の声が心地好くて。膝に伝わる温もりが柔らかくて。この時間が終わってほしくなくて。もう殆ど暗記しているお話のつづきを私はせがんだ。
ㅤ思い出せる中で、いちばん古い風景だ。自分を脅かすもののことなどまだ知るすべもなく、この世界は優しさに満ちあふれていた。
ㅤ窓の外を眺める白い横顔を私は見つめる。もしかしたら、あの頃の私よりも小さいのかもしれないあなたを。
ㅤ雨音が、激しくなる。
『風景』
4/13/2025, 9:09:48 AM