未知亜

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4/7/2025, 1:41:05 PM


ㅤ青空に舞った花びらの雨をおぼえてる。
ㅤ渡された小さな籠から振り撒いた、馬鹿みたいな笑顔と祝福の言葉。
ㅤ泣きながら叫び笑うという変な体験をした。
ㅤすぐそこを歩くあなたが、フィルムか絵画の世界のようで。
ㅤ二度と取ることのない腕に降り注ぐ色彩のシャワー。


『フラワー』

4/6/2025, 10:39:45 AM

ㅤドアの前で一旦立ち止まり、僕は息を整えた。昨日からの陽気で一気に満開になった花びらがはらはらと舞うのを数秒眺め、ゆっくりと扉を引く。待ち合わせの相手は窓際の席に座り、文庫本を読んでいた。
「ごめん、お待たせ」
ㅤ法子が顔を上げる。読書を邪魔されて迷惑だとでも言いたげに。
「思ったより早かったね」
「いや、遅いよ。きみより二十三分遅刻だ」
ㅤスマホの待受を確認し、僕は向かいの椅子に座る。腕時計の針は適当に五分ほど進めているので、正確な時刻を知りたい時はスマホを見るようにしていた。
「おー、また記録更新したね。いま読んでる章が終わるまではかかると思ったのになあ」
「進歩してんだよ、僕なりに」
ㅤ法子はあははと笑って、
「行きたいカフェはまだまだあるから。この辺の新しい地図が脳内に出来上がるまで、付き合ってあげるよ」
ㅤと言いながら辺りを見回し「すみません」と店員を呼んだ。
「ブレンドひとつと、追加でチーズケーキください!」
ㅤ店員が去ると、
「美味しいんだって、ここのチーズケーキ。チーズ二種類使ってるらしいよ」
ㅤと法子は目を細めた。
ㅤ方向音痴を直したいなら目印を覚える訓練を繰り返すのが早道じゃない?ㅤ付き合ってあげるよ、と言ったのは法子だった。でも実際は、僕の方が彼女のカフェ巡りに付き合わされている。
ㅤ水のグラスを手にひと口飲むと、「すみません、チーズケーキもうひとつ追加で」と僕は声を張る。
「飲み屋じゃないんだから」
ㅤ口許に手を添えた法子が、文庫本をバッグにしまった。


『新しい地図』

4/5/2025, 3:18:24 PM

 きみと話していると時間が風のようだ。
 あっという間に吹き過ぎて私は容易くさらわれる。
「そろそろ」ときみが言う。
「そうだね、そろそろ」と私は言う。
 いちばん言いたいことはきょうも言えなくて。
 届くわけのない言葉を言外に籠める。
「じゃあね、また」(好きだよ)
「うん、また」
「あっ、えと、風邪ひかないでね」(好きだよ)
「うん、敬ちゃんも」
「またね」(きみが好きだよ)
「何回言うの」と笑ったきみが、咲く花の潔さで手を振った。
 風の中で遠ざかるあわい背中に私は呟く。
「……一回も、言えてないよ」

『好きだよ』

4/4/2025, 12:48:46 PM

『お誕生日おめでとう!』
『元気にしてる?』
ㅤ久しぶりに立ち上げたトーク画面は、なかなか既読にならなかった。もしかしたら、今日は夜勤とかそんなことかもしれない。
ㅤ桜の時期に生まれた友達の、名前の奥で花びらが散っていた。この時期だけの季節限定背景だった。時折風が吹いたように、ピンクの欠片がふわりと舞う。
ㅤ前回やり取りしたのは半年前のようだ。つまりは私の誕生日。互いの生まれたお祝いごとにしか連絡してないってことかあ。
ㅤボヤいた瞬間、既読がついた。
『ごめんね、いま仕事おわった』
『どうしてるかなあ、と考えてたとこだったから元気そうで良かったよ』
ㅤニコニコマークの顔文字が並ぶ。
『ちょっと通話できる?』
ㅤ返事の代わりに着信画面が表示された。話したいことがありすぎる。私はオーディオのボリュームを落とし、応答ボタンをタップした。


『桜』

今日生まれのMちゃんに捧ぐ。

4/3/2025, 2:53:02 PM

ㅤあの頃みたいにベランダに出てみた。
ㅤ同じ星を探して、通話をしてたあの夜。ぼんやり思い出してたら、肌寒さにクシャミが出る。ぶえっきしん!ㅤという声が、しんとした夜の只中にこだました。
ㅤ明日はまた気温が十度上がるらしい。この春はちょっとおかしい。一気に夏みたいになったかと思うと、不意に雪が積もったり。こうも気温が乱高下すると、話題としてはとっくに飽き飽きしていたけど、体感はまた別らしい。十七度という暖かさを私は上手く思い出せないでいた。
ㅤ暖かさを一度知ってしまうと、少し寒さが戻っただけで、真冬の辛さを軽く越えてしまう気がする。
ㅤ知らなきゃ良かった。
ㅤ言葉にして呟いてみたら、未練たらしくてアホすぎて、余計落ち込んだ。
ㅤ何を言ってもどうしようもないのだ。私が何を言ったところで、君には全然まったく少しも関係のないことなのだから。真実はひとつなのかもしれないけど、事実ってやつはきっと、人の数だけある。ただそれだけ。
ㅤそれでも私にははじめてだったから。寒さが厳しい時期に知ったあの温もりを辿って、ずっと大事にしていたかった。ずっと繋がっていたかったなあ、君と。




『君と』

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