妄想昔話 第3話
夜になり辺りが真っ暗闇になったころ
月明かりが人間の村を照らしていました。
その風景をぼんやりと霊狐が眺めていると
狐族の村に1つの火がツウっと
人間の村から近づいてきます。
人間が襲ってくるかもしれないと
霊狐は警戒をしながら
目を凝らして火を追い続けていました。
すると、火はどんどんと近づいてきて
40歳半ばくらいの年齢の
人間の男が松明を持ってやってきたのです。
身の危険を感じた霊狐は
眼前に現れた男をとっさに噛みついて
追い返そうとしたとき男が
『姉さん!』と叫んだのです。
何を言っているのか分からず
霊狐が呆けていると
男は続けて叫びました。
『僕だよ、天狐だよ!人間の姿をしているけど
僕は天狐なんだよ!』
霊狐はわけが分からず
困惑した表情をしていると
男は静かに事のあらましを語ったのでした。
男の話によると
男の名前は源蔵といって
あの村の村長でした。
1年前、村にとって不吉をもたらす存在
ということで、村長自ら狐狩りを行ない
天狐と仲間たちを殺していったとの事。
そして、天狐が源蔵に殺された瞬間
摩訶不思議なことに
天狐の魂が源蔵の肉体に入っていき
小さな自我として現世に留まったのです。
そして、1年かけて天狐の魂が
源蔵の精気を吸いとって
ついには自我を乗っ取ったというのでした。
見た目は人間の男なのに、内面は天狐という
不可解な現象に、霊狐は困惑していましたが
話し方が弟とあまりにそっくりだったので
これが現実であると信じ始めるのでした。
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"夜景"
妄想昔話 2話
このころ西日本では
冬なのに異様に温かい日が続いて
空は隅々まで青く晴れわたり
道や田畑が乾き
時折強く吹く南風により
地面はほこりが立つ有様でした。
後に"長禄・寛正の飢饉"といわれる大天災です。
この村も例外ではありませんでした。
例年は春には一面の花畑が
綺麗に咲きほこって降りましたが
この年は全くありません。
夏にはひどい旱魃がおこり飢饉になる。
村人たちは恐怖に押しつぶされながら
雨をいまかいまかと待ち侘びていました。
この村人たちが苦しむ光景を
目にする者がいました。
狐族の霊狐という若い女狐です。
霊狐には弟の天狐がいましたが
1年程前に村人に殺されたこともあって
人間を憎んでいたのです。
『弟と仲間を殺した奴らなんか死んでしまえばいいのよ。稲荷の神、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)様の神罰が下ったのよ』
と吐き捨てて、その場を去っていきました。
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"花畑"
妄想昔話 1話 (狐の嫁入り2)
時は1459年(長禄3年)
いまの宮崎県にある小さな村の話
この村では
嫁入りは夕刻に行われ
提灯を持った人たちが列を連なり
嫁ぎ先に向かったそうです。
小さな村なので誰が結婚するか
みんな知っていましたが
誰も結婚する予定のない日なのに
行列の灯が見えることがありました。
そしてこの灯が見えるときは
雲一つない空なのに
突然雨が降るという不可解な現象が
起こったのです。
この灯を村の人々は
狐が嫁入りの最中に灯す
狐火によるもので
天津神が不吉なことが起こるのを
雨を降らせることで
お知らせになるのだと考えました。
"空泣き"だとか"狐の嫁入り"と言って
恐怖の対象として語り継がれていたのです。
村の一部の人間は
不吉な存在である狐を恐れ
いじめたり殺す者もおりました。
人間と狐族の関係は冷え切っていたのです。
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"空が泣く"
『白玉楼中の人となる』
"白玉楼"は白玉で造った天帝の高楼のことで
文人が死ぬと白玉楼へ行くといわれている
中国の唐の詩人、李賀は臨終を迎えたとき
夢の中で天帝の使者が現れた
すると天帝の使者はこのように告げた
『天帝が白玉楼を完成させたので
あなたを招いて詩を書かせることになった』
李賀はゆっくりと頷くと
大勢の門弟が泣き崩れる中
天に召された
命が燃え尽きるまで
作詩に精進すれば
我々もいつか
白玉楼に招かれるかもしれない
"命が燃え尽きるまで"
『風の払暁』
夜風は生きている者の身も心も凍えさす
太陽という存在がいなくて
寂しくてたまらないのだ
夏は太陽が一緒にいてくれる
時間が長いからまだマシなほう
冬は夜が長いから
寂しさを埋めるため
ところかまわす当たり散らす
風は夜明けをいまかいまかと
健気に待っている
"夜明け前"