『どうして』
「どうして」という言葉には、どこか負の雰囲気がある。
「なぜ」にあるのは、純粋に疑問に思うことや、理解が及ばないことを考えている響き。
「どうして」には、上手くいかなかった事柄や納得のいかない気持ちが透けて見える。類義語は「なんで」だろう。
だからなのか、連続して書き連ねると怖さを感じるのだ。
どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――どうして……
『寒さが身に染みて』
子供の頃もよく叱られていたけれど、大人になってからもそれなりに叱られている。
コンスタントに、定期的に、そして忘れた頃に。
相手の勘違いや、やり取りの行き違いも含めると、これ死ぬまで無くならないんじゃない?
こんな時は、何か美味しくてあったかいもの食べて元気出すしかないよね。
――と、仕事帰りにお気に入りの和食屋さんに立ち寄ったところ。
値上がりしてるー!
そんな……新年早々……
ああ、世知辛い。
寒さが身に染みるぜ。
『20歳』
「おめでとうございます。今日で二十歳ですね」
そう言いながら市の職員が差し出したのは、分厚い請求書だった。
二十年分の医療費、教育費、食費、光熱水費、住居費、日用品費、被服費、交通費、そして存在維持費。
端数まで細かく刻まれた数字の羅列が、僕の喉を締め上げる。
ふと窓の外を見ると、同じスーツ姿の若者たちが、市役所のロータリーに停められたトラックに次々と詰め込まれるところだった。
支払えない者は、アレに乗ってどこかへと運ばれるのだ。
少子化を極めた我が国は、子育てにかかる費用を全額国費で賄うことにした。国民はそれを喜んで受け入れた。
ただし、それは成人するまでの話。
二十歳になった瞬間に、それは本人負担の負債へと変わる。
さて、と目の前の職員が微笑んだ。
「あなたの返済プランを伺いましょうか」
『三日月』
しんと静まり返った真夜中。
街灯の届かない路地裏を黒猫が歩いていました。
黒猫の目的は、今夜の特別な獲物。
空に浮かぶ、鋭く研がれた爪のような黄金の三日月。
黒猫は古い時計塔の屋根まで一気に駆け上がると、月に向かって前足を伸ばしました。
不思議なことに、彼が空を引っ掻くたびに、夜の帳がわずかに揺らぎます。
シャッシャッ、ゆらゆら。
シャッシャッ、ゆらゆら。
次第に街へと降りてきた夜の帳。
黒猫は三日月の端を器用に咥え、まるで重力から解放されたように、夜空の海へとふわりと浮き上がりました。
そして月を揺りかごにして、都会の喧騒を見下ろしながら静かに目を閉じました。
翌朝、人々は何も気づきませんでした。
けれど、夜になればきっと誰かが不思議に思うでしょう。
なぜ昨日まであんなに尖っていた三日月が、今夜は少しだけ猫の背中のように丸みを帯びているのかと。
『色とりどり』
海に行くのは、夏ばかりではない。
冬の海というと、つい日本海を思い浮かべてしまうけれど、太平洋側の海は意外にも明るいのだ。
コンクリートよりも温かみのある砂浜。
寄せては返す波に乗って流れ着いた漂着物。
夏のギラついた日差しの下では眩しくて直視できないが、冬の弱い陽光に控えめに反射する色とりどりの光がある。
海に漂着するシーグラス。
ガラス瓶や漁に使われる道具などが割れて砕け、波や砂に長年洗われて角が取れ、表面がすりガラス状になったもの。
「人魚の涙」とか「浜辺の宝石」なんて呼ばれたりもする。
青、緑、水色、白、透明、琥珀のような茶色……
これは一体いつ頃の、どこの、誰の、どんな物がこんな風になったのだろうと、見つけるたびに考えてしまう。