『スノー』
「雪」という言葉なら、新雪に飛び散る鮮血と、行きの分しか残されていない足跡を連想する。雪密室。
これが「スノー」となると少しイメージが異なって、湖のほとりにそびえ立つ針葉樹。根元を埋める雪と、同じ色をした暗い夜空に瞬く星。白鳥の湖。
そういえば、「スノーフレイク」を「雪のひとひら」と訳したり、「スノーホワイト」を「雪白」ではなく「白雪姫」と訳したのは素敵だなぁ。
『夜空を越えて』
夜空を眺めていると、普段は考えないようなことを考えてしまうのはなぜだろう。
周りの景色が宵闇に閉ざされて、空を眺めることだけに集中できるからだろうか。
それとも、その日のうちにやらねばならない用事や雑事が一段落するからだろうか。
それとも、ただ単に、夜、だからだろうか。
昔のこと、
自分のこと、
触れずにいた心の奥の深い場所のこと。
なんだか切なくて、やりきれない気持ちになって、おまけになんにも解決しない、そんな時間。
そういう時に、タイミングよく流れ星でも見つけられたらいいのに。
そういえば、もうじきふたご座流星群がやってくるな。
『ぬくもりの記憶』
世界から光が失われ、人々が石化し始めた時、国一番の魔術師がこう言った。
「一番温かい記憶を、小さなガラス瓶に詰め、聖魔の森に埋めるのです」
国王は国中にお触れを出し、人々は皆、自分たちが思い出せるだけすべての温かい記憶を瓶に詰めた。
老人から子供まで、その瓶を手に聖魔の森に向かった。瓶の中の記憶について、各々が楽しそうに懐かしそうに語らいながら。
森に着き、瓶を埋めながら人々は思った。
いくつもの不満や嫌な出来事もあったけれど、そればっかりの人生じゃなかった。
瓶に詰めた温かい記憶は、人々の石化を止めるものではなかった。
あらゆる文献を調べても、逃れる術は見つけられなかったのだ。
それならせめて、恐怖や悔恨から人々を遠ざけようと、国王と魔術師はお触れを出した。
やがて人々が石になり、国から人間が消えると、聖魔の森からこんな声が国全体に響き渡った。
《賢き魔術師よ、民思う王よ、そなたらの願いを聞き届けん》
それと同時に埋められていた無数の瓶が、元の持ち主に返され、石となった体を温め、やがて――
『凍える指先』
行きつけのショッピングモールに、小さな撮影スポットが出来ていた。
膝くらいまでの灌木とベンチ、それを取り囲むように配置されたオブジェと、青白い光を放つ雪の結晶を象った電飾。
如何にもカップル向けなそこに座る勇気はないが、飾り付けは綺麗だと思ったので写真に残そうとした。
……のだが、何度撮ってもブレてしまう。
スマホを握る手が震えているのか。
シャッターボタンを押す指が震えているのか。
うーん、もういっか。
スマホを仕舞って歩き出そうとした時。
「落としましたよ」と声をかけられた。
振り返ると同年代くらいの男性が、私の部屋の鍵をこちらに差し出している。
慌てて荷物を確認すると、やっぱりそこに鍵はなかった。
礼を言って受け取ろうと手を伸ばすと、彼の指先が微かに震えているのに気がついた。
「寒いですよね」
ついそう言ってしまい、誤魔化すように笑ってみせると、相手もちょっと照れくさそうに笑いながら言った。
「ええ、本当に」
『雪原の先へ』
学生時代、スキー合宿に参加したことがある。
板もウェアもレンタルで、一泊二日で滑れるようになろう!という、やや無茶なものだった。
なぜか運動音痴に見られがちな私だが、子供の頃から運動神経には自信があったので、やる気満々で挑んだ。
結果はあっさりと滑れるようになり、初心者コースでは物足りなくなった私は、意気揚々と中級者コースへ。
そこでも難なく滑れてしまったところ、他の合宿参加者たちやコーチ役の人に上級者コースへ連れて行かれた。
まあ、滑れたことは滑れた。
怖かったけど。
ここで終わっていればよかった。
この後、林間コースへと連れ出された私は、カーブを曲がりきれずに柵の外へ……
その時の風景を、今でも覚えている。
突然開けた視界。
なにもない、ただ真っ白な世界。
雪原のその先へ、私は飛んだのだ。
呆然としていたのは多分一瞬で、頭から雪の中へ突っ込んだ。
すぐに引っ張り出されたから助かったけど、あのままだったら窒息していただろうなぁ。