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3/27/2025, 9:59:04 AM

『七色』

❝初めてその人を見た時、全身が七色に光って見えた。

誇張や比喩ではなく、本当にそう見えたのだ。
別に私は、音や言葉に色彩を感じる共感覚の持ち主ではない。

他の人達は普通に光りもせず、色もついていない。
なのにその人だけ、浮かび上がるように七色なのだ。

いつもの私なら、不思議なこともあるものだとそのまま素通りしたと思う。
けれどその時は、その不思議な人を追いかけてみようと思ってしまった。

今ならきっと、そんなことはしない。

追いかけ、観察した結果、私は引き返せないところまできてしまった。
全身が七色のその人の、顔だけが見えないことにもっと注意を払うべきだった。

過去の私に言ってやりたい。
好奇心は猫を殺すのだと。❞


――部屋に残された手記はここで途切れている。

3/26/2025, 8:02:21 AM

『記憶』

「私の記憶が確かならば」という言葉で始まる料理番組が昔あった。

和の鉄人、洋の鉄人、中華の鉄人。
熟練した料理人たちの手捌きは、見ているだけでも面白かった。
即座にメニューが頭の中で組み立てられ、手順や調理時間が計算され、極力無駄を排して作業が進む。

様々な献立が詰め込まれている頭だけでなく、長年に渡って調理してきた体もまた料理を憶えているのだろう。

そう、数え切れないくらい繰り返してきたことは、体が記憶する。

思わず現実逃避してしまったが、目の前の問題は解決していない。
足元には、事切れた男の死体。
背後から襲いかかられたので、思わず反撃してしまった。正当防衛ではあるが、過剰防衛でもある。

ふう、とひとつ息をつく。
大丈夫、この後の処理方法もちゃんと記憶しているから。

3/25/2025, 7:01:51 AM

『もう二度と』

ここはどこ?

起き上がって辺りを見回すと、足に鎖が繋がれていた。
ジャラリと重たい音がする。
周囲は石造りの壁、今しがたまで自分が寝ていた簡素なベッド、同じく簡素な木の椅子。それだけ。

窓がないことに動揺した。
扉はある。木製で、鉄か何かの丸いドアノブがついている。
そこまで鎖が届くかどうか確かめるために立ち上がる。

ドアノブに手が届くか届かないかの絶妙な位置で、足が鎖に引っ張られた。
やっぱり、と落胆してベッドに戻ると、枕元に一輪の花が落ちているのに気がついた。

目立たない小さく可憐な青い花。
勿忘草だ。
花言葉は「真実の愛」。
そして「私を忘れないで」。
この花を取ろうとして急流に転落した騎士が、今際の際に恋人に捧げたという花。

嗚呼、初めて涙が頬を伝う。
あの人は殺されてしまった。
私の髪にこの花を挿してくれた、あの人は。
転生したという私の話を信じてくれて、運命を変えるために一緒に行動してくれた、あの人は。

もう二度と、あの微笑みを向けてくれることはないのだ。

3/19/2025, 8:45:30 AM

『大好き』

人でも物でも、大好きと強く思ったことがほとんどない。
いいなぁとか、好きだなぁくらいなら儘ある。
逆に、大嫌いだと思うこともほとんどない。

友人に、大好きを連発する人がいる。その人は感情の起伏か激しくて、大好きと言った次の日には大嫌いだと叫んだりする。

思うに、大好きと大嫌いは天秤の両端なのではないだろうか。
人でも物でも、その天秤に乗せられてどちらに傾くかはその時次第なのだ。

感情の振り幅が大きい人は、ガタンと勢いよく傾いてすぐに大好きか大嫌いにまで達する。
逆に、振り幅が小さい人は傾きも小さいからそこまではいかず、せいぜいいいなぁどまり。

件の友人を見ていると、常に忙しなく天秤があっちにガタン、こっちにガタンと揺れているように思える。
まぁまぁ、お茶でもどうぞと声をかけたくなるけど、下手に話しかけるととばっちりを食うので静観している。

3/17/2025, 6:27:31 AM

『花の香りと共に』

雨も上がったし、お日様も出てる。
こんな日はちょっとしたお菓子を持ってプチピクニックだよね。

――と、家を出たものの、強風で髪はグチャグチャ、お菓子を広げる事も出来ない。

チラホラと咲き始めた花も、今にも折れそうな勢い。
ていうか、ホントに折れた。ポッキリと。

目の前に落ちた、ふんわりした菜の花。
拾い上げてなんとなく匂いを嗅ぐ。
今日はこのまま帰ろう。
この菜の花の香りと共に。

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