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3/16/2025, 9:34:15 AM

『心のざわめき』

「よかった、約束通り来てくれて」

隣に座った人に、そう話しかけられた。
なんのことだか分からない私は、出来るだけ関わらないよう、ジリジリと体を反対側へずらす。

「去年の今日、ここで約束しましたよね。来年の今日、また会おうと」

知らない。そんな憶えはない。
誰かと間違われているのだろうか。
少し、怖い。

「憶えていませんか? あなたは忘れやすい人だから。でも大丈夫、私がちゃんと憶えていますよ。ただ、忘れられたままというのは寂しいので、少しお話ししましょうか」

そう言ってその人は、私との出会いと約束を話しだした。
聞けば聞くほど記憶になく、どう考えても私ではない誰かの話としか思えないのに、微に入り細を穿つその話は次第に私の胸に染み渡っていった。

「ああ、着いたようです。さあ、一緒に行きましょう」

この手を取れば、二度と元へは戻れない気がした。
本当に、私は約束したのだろうか。
まったく記憶はないけれど。でも――

心のざわめきを抑えながら、私はどうするか決めた。

3/15/2025, 9:14:42 AM

『君を探して』

シェル・シルヴァスタインの『ぼくを探しに』という絵本を思い出す。

体の一部が欠けた円形の生き物が、自分の欠けた部分を探しに旅に出る話だ。
景色を眺め、歌を歌い、虫たちと楽しく転がりながら旅は進む。
やがて自分にぴったりな欠片を見つけた時、あることに気づく。

人は皆、なにか欠落感を抱えていて、それが時に原動力となって前に進んだりするけれど、満ち足りてしまったらまたそれを不満に思うものなのだろうな。

まだ見ぬ君を探して進み続けている間が、一番幸せなのかもしれない。

3/14/2025, 9:59:55 AM

『透明』








上記の文章、読めているでしょうか?
今日は透明のインクで書いてみたのですが。

3/12/2025, 1:32:15 PM

『終わり、また初まる、』

その人は、死者の魂を船に乗せて彼岸へと送り届ける仕事をしていた。

若い娘が亡くなったときも、
働き盛りの農夫が亡くなったときも、
自分の年老いた母親が亡くなったときも、
その人は黙々と魂を送っていった。

「あの人をよろしくお願いします」
「あの子をどうか無事に向こうへ」

残された家族は大抵そう言う。
なぜなら、魂が彼岸へと辿り着けなければ輪廻の輪に入れなくなるからだ。
その人はいつも黙って頷き、船の舳先に灯したランタンを家族に触れさせる。
その仄かな温もりに、家族たちはほっと息をついて見送るのだ。

「つれていかないで」
ある時、親を亡くした幼子がその人にしがみついた。
その人はしばらく考える素振りを見せ、ランタンの灯を触れさせながら答えた。

「人の旅路はここで終わり、また初まる、まっさらな状態で、初めから、何度でも。そのうちのどこかで、出会うこともあるだろう」

幼子は目を凝らし、軋む音を立てながら遠ざかる船をじっと見つめ続けた。

3/12/2025, 9:59:01 AM

『星』

昔、なにかの本で読んだことがある。
いま見ている星の光は、何百年、何千年、何万年前のものだと。

地球からの距離にもよるけど、基本的には過去の姿だ。
光の速さは秒速約30万km。
1秒前の光ですら、30万kmも離れた場所から来ている。

自分が生まれるずっと前、遥か昔の光を私たちは見ているのだ。

あの星も、その星も、いまでもまだ存在しているのだろうか。
私の目に届くまでに、どんなことが起こっているのだろう。
私がそれを目にすることはないのだろう。
とても不思議で壮大な話だ。

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