『心のざわめき』
「よかった、約束通り来てくれて」
隣に座った人に、そう話しかけられた。
なんのことだか分からない私は、出来るだけ関わらないよう、ジリジリと体を反対側へずらす。
「去年の今日、ここで約束しましたよね。来年の今日、また会おうと」
知らない。そんな憶えはない。
誰かと間違われているのだろうか。
少し、怖い。
「憶えていませんか? あなたは忘れやすい人だから。でも大丈夫、私がちゃんと憶えていますよ。ただ、忘れられたままというのは寂しいので、少しお話ししましょうか」
そう言ってその人は、私との出会いと約束を話しだした。
聞けば聞くほど記憶になく、どう考えても私ではない誰かの話としか思えないのに、微に入り細を穿つその話は次第に私の胸に染み渡っていった。
「ああ、着いたようです。さあ、一緒に行きましょう」
この手を取れば、二度と元へは戻れない気がした。
本当に、私は約束したのだろうか。
まったく記憶はないけれど。でも――
心のざわめきを抑えながら、私はどうするか決めた。
3/16/2025, 9:34:15 AM