『バイバイ』
子供の頃は、とにかく外で遊ぶのが主流で、みんな夕方薄暗くなるまで走り回ってた。
今思うと不思議なくらい、ただぶらぶらしてるだけでも楽しかった。
おしゃべりの種も尽きず。
暗くなって自分の影も見えないくらいになって、ようやく家へ帰るのだ。
後ろ髪を引かれながら、なにをそんなに惜しむのかもわからずに。
黄昏時は彼誰時。
外が暗くて「彼は誰か」と問う時分。
さよならは改まった感じがして、さようならだともっと重たい別れな気がして、いつも友達に言うのはバイバイだったな。
『旅の途中』
人生を旅に例えることはよくあるけれど、それは行って帰って来る旅だろうか。
それとも行ったきり、どこか果てにある目的地へとひたすら向かう、片道の旅だろうか。
行って帰って来る旅ならば、もう折り返し地点を越えたなぁ。
終着点や目的地への片道の旅ならば、まだまだ目的地の影すら見えない。
そもそも、どこへ向かっているのかもわからない。
だから時々立ち止まって、ふうと深呼吸して周囲を見渡すようにしないと、と自分に言い聞かせる。
じゃないと迷走する自信があるから。
切れた縁や、消息も分からないほど疎遠になった人のことを想うと淋しいけど。
歩き続けている限り、それはしょうがないんだろうなぁ。
『まだ知らない君』
差出人のない手紙を受け取って、君はさぞかし気味悪く感じていることだろう。
だけど、破り捨てるのはちょっと待ってほしい。
これから私が語るのは、君の将来に大きく関わることだから。
まずこれを書いている私は、未来の君である。
信じられないのも無理はない。私だっていきなりこんな手紙を受け取ったら、今の君と同じ反応をするだろう。
だから……そうだな、私が未来の君であることの証明に、明日君に何が起こるか書こうと思う。
この手紙を破くなり燃やすなりするのは、それを確認してからでも遅くはあるまい。
明日、君は通学途中に衰弱しきった猫に出会う。
なんとなく見過ごせなかった君は学校へ連れていき、保健室の養護教諭と共にその猫の世話をするだろう。
下校時にはその猫を抱いて、ある橋のたもとを通りかかる。
その時聞こえる声に、返事をしてはいけない。
できるなら、そこを通らないでほしい。
でも、きっと君は私の忠告には耳を貸さないだろうから、声をかけられる前提で話を進めよう。
不思議な声に驚いた君は、思わず相手に問いかけてしまう。
――お前は誰だ、と。
大丈夫、まだ最悪の事態には陥っていない。
その後のやり取りで危ういところはあるが、君はなんとか家へ帰れるだろう。
それから先のことは、その時また君へと届く私からの手紙を読めばいい。
まだ何も知らない君へ。
君の未来が少しでも明るいものになるように、私はこれを送る。
『日陰』
白線の上だけ歩いて、はみ出てはいけない。
黄色いナンバーの車を10台見たらラッキー、途中で緑色のナンバーを見たらゼロからやり直し。
霊柩車を見たら親指を隠す。
子供の頃にはいろんな決まりがあった。
それもいつの間にかみんなの間に広まって、まるでゲームかなにかのように面白がってやる類の。
そのうちのひとつに、こんなのがあった。
日陰から日陰へ移る時には、10歩以内でないと影に飲み込まれる。
それが流行った時には、みんな下校途中に建物のある道を選んでいた。
ある時、私は友人と別れて一人になり、ふとその決まりを思い出して日陰を渡り歩いて帰ろうと思い立った。
なぜその時そう思ったのかは覚えていない。
それに思い立ったということは、普段はやっていなかったのだろう。
それくらい緩い、気が向けばやってみる、くらいの“決まり”なのだ。
大股で三段跳びみたいにジャンプしながら10歩以内におさめたり、余裕で数歩で渡ったり。順調に進んでいたが、国道を渡るところでほとんど日陰のない場所に出てしまった。
国道の向こう側には日陰がある。
ジャンプしながら渡っても10歩では難しそうだった。
もうやめる、という選択肢はなかった。そんなこと、思いつきもしなかった。
私はドキドキと不安に脈打つ鼓動を抑え、一歩を踏み出した。
呪文でも唱えるみたいに、歩数を呟く。見えないなにかに、祈りでも捧げるみたいに。
『帽子かぶって』
今日も今日とて、寒いなあ。
夏場の帽子は日差しを避けるため。
冬場の帽子は寒さをしのぐため。
こんな寒風吹きすさぶ中を歩くには、毛糸で編んだニット帽。
ベージュ、オレンジ、白にピンクに黒などなど、いくつか持っている。
形は耳まで覆うやつがいい。
それをスポッと被ってマスクもつけたら、頭部と顔はなんとかなる。
裏起毛の暖かさ重視の服を着て、いざ!
今週発売の季節限定アイスを買いに。