『永遠に』
「魔法少女にならないかい?」
言った途端に「何言ってんだコイツ?」という顔をされた。
うん、仕方がない。よくあることだ。
胡散臭いし、信用ならないよね。
その言葉の裏に、どんな落とし穴が待ち受けているのか疑うのもわかる。
なにより、言ったボクもそう感じている。
だけど、考えてみてほしい。
何かというと「永遠」を口にするのはキミたち人間だよ?
今この瞬間が永遠に続きますように、とか。
この人と永遠に一緒にいられますように、とか。
笑っちゃうよね。
時を止めることと、果てしなく続くことの違いも解っちゃいない。
それに比べたら、ボクは良心的だと思うけどなぁ。
戦いに敗れた時は、キミの命をこのステッキに籠めて次の子に託してあげる。
その子が戦いに敗れたら、また次の子へ。
上手くすれば、キミは永遠に生き続けられる。
まあ、詭弁だし、このステッキには既に何百という命が籠められているんだけどね。
いや、なんでもないよ。
「さあ、いま一度問おう。魔法少女にならないかい?」
そして、永遠に終わらない悪夢をキミに。
『理想郷』
「おたくのご主人、浮気してるわよ」
そう忠告してくる人がいる。
いや、忠告じゃなくてからかっているか、馬鹿にしに来ているのかもしれない。
学生時代も「あなたの彼、他の子と一緒にいたよ」とかよく言ってくる人がいた。
人のことに首を突っ込んで、こちらが揉めるのを期待しているのがまるわかりだ。ワクワクしているのを隠しきれていない。
「あら、そうですか」
と答えると期待を裏切られたと憤慨するのだ。
だが、それも悪くない。
まるで私が、ちょっと突つけばショックを受けて涙を浮かべるようなかよわい人間のようではないか。
少なくとも相手はそう思って言ってくるのだ。
いい、実にいい。
帰宅した夫にそのことを話すと、彼も楽しそうに「いい傾向だ」と笑った。
食後にふたりで仕事道具の手入れをする。
血をふき取って錆止めをして、薬物の補充も忘れない。
私たちがどういう人間なのか知られずに、ごく平凡な家庭だと思われているこの状況は、得難い理想郷のようなものだ。
『懐かしく思うこと』
「忘れたくても忘れられない、そんな恋の話でも出来たらいいんだろうけれど、生憎そういうこととは縁遠くてね」
そう言って、月を見上げる人の横顔を黙って見ていた。
「なにしろ僕はほら、春が終わる頃には雪解け水になってしまうから」
異国の地で出会ったのは不思議な人で、そばにいると凍えるような冷気を感じる。
そのくせどこか人懐こくて、つい話しかけてしまった。
「東の国にね、素敵な蝋燭を作る子がいるんだ」
金木犀の香りの、淡く光る蝋燭なのだという。
「その蝋燭に火を灯すと、炎の中にいろんなものが見えてきてね」
見知ったもの、見知らぬもの、幼いもの、老いたもの、美しいもの、醜いもの。
不思議と、どれもが懐かしいのだと言う。
「もしかしたら、僕が忘れたくなくても忘れてしまったものを、見せてくれているのかもしれないね」
君にも一本あげよう、と彼は淡く光る蝋燭をくれた。
手にした途端に火が灯り、たくさんの物や人が次々と灯りの中に映し出される。
「人はそれを走馬灯と呼ぶらしい」
彼の言葉を最後に、私の意識が遠のいてゆく。
遭難した雪山で、凍えて動けなくなった私を見ても驚くことなく、最期まで付き合ってくれた不思議な人。
私が今、穏やかな気持ちでいられるのはこの人のおかげだ。
手の中で小さくなる蝋燭の灯り。
私がそれを懐かしく思うことは、もうすぐなくなる。
『もう一つの物語』
今日もまた、誰かのためにカードを裏返す。
私のところへやってくるのは、何かに悩んだり迷ったりしている人達だ。
彼らの話を聞き、言葉の奥にある悩みや逡巡を探る。
カードには幾つもの意味がある。
読み解くための取捨選択は大事だ。
占い師に必要なのは、インスピレーションよりも相談者の心の内を覗く観察眼かもしれない。
私が告げるのは、あるかもしれない彼らのもう一つの物語。
だからそう、こんなふうに思い詰めて顔を強張らせ、何かを潜ませたバッグを私から隠すようにしているこの人に、どう告げようか。
あなたのその計画は上手くいくでしょう、ですが人生は破綻します。
誰かを害するために、背中を押して欲しくてやってくる人は結構いるのだ。
『暗がりの中で』
暗がりの中で息を潜め目を凝らしていると、獣にでもなったような気になる。
きっと仲間たちも、同じように感じていることだろう。
俺は気配を殺し、辺りを窺い、手にしていた物をさっと放り投げた。
それから5分……10分……
「よし、もういいぞ」
仲間の合図で、詰めていた息を吐く。
それと同時に、誰かが部屋の明かりを点けた。
「うわ、なんだこれ!」
「誰だよ、チョコレートなんて入れたヤツー」
「道理で甘い匂いがすると思った」
先程までの緊張感が一気に消え失せ賑やかになる。
意外なモノが混入されているのも、闇鍋の楽しさだ。
俺は甘い匂いのする手を、みんなに気づかれないようそっと隠した。