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9/18/2024, 12:06:23 PM

『夜景』

「そこには綺麗な花畑が広がっていて、なぜか懐かしい気持ちになりました」

うっとりとどこか遠くを見るように、その人は言う。

私は返事をせず、夕飯を並べる手を止めない。

窓の外に広がるのは、湿度でうっすらと靄がかった夏の夜景だ。雑居ビルの隙間に薄汚れた路地裏が見える。花畑など、どこにもない。

「はじめはね、腹が立っていたんですよ。蝋燭を渡したくらいで、こんなことになるなんて思わないじゃないですか」

もう一度窓を見る。
夜景の手前、照明が反射して硝子に映し出された室内は、私の他に誰もいない。

「でも、あんなに綺麗な花畑を見せられたら、怒る気も失せてしまって」

私は返事をせずに夕飯を食べ始めた。

9/16/2024, 6:53:13 AM

『命が燃え尽きるまで』

どうも、おばんでござんす。
Y君からのLINEで召喚されまして。ええ、こちらに伺うようにと。

なんですか、命が燃え尽きるまでを見届けたいとか。ははぁ、よくわかりませんが、つまりは誰かの死に目に立ち会いたいと、そういうわけですかな?

ちなみに『死神』はご存知ですかね? ええ、そちらもですけど、落語の演目のほうの。人間の命の火を灯す蝋燭を交換する話なんですけどね。

あぁ、あそこの蝋燭、ええとアロマなんとかのやつですかな、太くて立派なもんですな。それにちっとばかし火を点けてこっちにいただけますかな、ええ、そう、そんな感じで。

この立派な蝋燭がアナタ様の命の灯火だとして、それをこの小さくて細い蝋燭、たまたまアタシが持ち合わせてたヤツなんてすが、ええ、これね、仏壇なんかの燈明に使う、中でも一番小さくて細い、女性の小指ほどもないやつなんですけどね、これにその灯火を、こう、こうして移し替えると。

さあ、これで終いです。
どうです? これ、この灯火が消えた時がアナタ様の命が尽きる時ですな。

え? 冗談なんかじゃありませんよ。こっちだってそんなに暇じゃありません。はあ、なにをそんなに怒ってるんですかな。命の燃え尽きるまでを見届けたかったのでしょう?

いいですか、冥土の土産にお教えしますが、自ら火を点けた蝋燭を死神に差し出すなんて、そんなこと、お巫山戯や冗談でもやっちゃいけませんよ。

最初に申し上げましたでしょ?
アタシは召喚されたのだと。

9/14/2024, 7:13:56 AM

『夜明け前』

「本気じゃないなら、それは恋じゃない。ただの遊び。本気のやつだけを恋って言うんだろ」

夜明け前のコンビニ。
イートインスペースでそんなことを言ってる子がいた。
そう、子供。まだ小学生くらいの。

話を聞いている相手はいない。
ハンズフリーで通話中とか?

それにしても凄いな、少年。
年齢=恋人いない歴の私には、とても含蓄あるお言葉に聞こえますですよ。

「まあ、おまえのソレが本気かどうかはどうでもいいんだけど」

そう言って手を伸ばした先に、うっすらと黒いモヤのような物が見えた。
それがだんだん濃くなって、人の形を取り始める。

「夜が明けたら帰るんだぞ」

そう言って少年は消えてしまった。
人型になったモヤが、ゆっくりとこちらに振り返る。

それは、私がまだ自分の気持ちにさえ気づいていなかった幼い頃、川で溺れた……

9/12/2024, 8:53:38 AM

『カレンダー』

今では皆、スマートフォンのアプリでスケジュール管理をしているらしい。
我が家のように月毎に日付のみが書かれていて、余白に各自の予定を書き込むタイプのカレンダーは見ないそうだ。

スマホの電源すら入れ忘れる私には、逆に不便。
我が家のカレンダーは、各自が好き勝手に予定を書き込む。

「この日は帰りが遅いから夕飯はいらない」とか、「ここからここまで出張です」の横に「お土産は○○を買ってきて!」だとか、賑やかで楽しい。

朝起きてきて、居間に掛けられているそれをチラッと見るだけで、それぞれの予定がわかる。

まあ、独り暮らしの我が家で、私以外に誰が書き込んでいるのかは謎なんだけれど――

9/10/2024, 11:38:28 AM

『喪失感』

それを見つけた時、胸の鼓動が早まるのを感じた。

ああ、これは世界に一つだけなのだ、私のためだけに存在しているのだ、と。

逸る気持ちを抑え、踊るように近づくと、両手でそっと拾い上げた。

かつて世界に何千何万と(一説によれば億とも)存在したという「本」。

なんでも無数に文字が書かれていて、様々な内容があり、実用的なものの他に架空の物語まであるという。

それが、いま、私の手に!

感無量になりながら、恐る恐る紙をめくる。この一枚一枚を、頁というらしい。

すっかり魅せられ、惹き込まれた後に残るのは、途轍もない喪失感。

読んでしまった。
読み終わってしまった。

どうしてもっと時間をかけなかったのだろう。
いや、そもそも、どうして読み始めてしまったのだろう。
始まりがあれば、終わりが来るのに。

胸を抑えて、閉じた本を見る。
その時、天啓が降りた。

《もう一度読めばいいのでは?》

天才か!

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