『終わりにしよう』
「ふう、もう今日は終わりにしよう」
モニターを眺め疲れた眉間をぐりぐりと揉んで、首を左右に傾ける。
画面の中では、かつては青く美しかった彼の作品が、随分と色褪せ、赤茶色に変色してきていた。
「だいぶ濁ってきたなぁ」
それに煩雑で喧しく、見ているだけで忙しない。以前は、もっとゆったりのんびり眺めていられたのに。
手を加えることもチラリと浮かんだが、もう手遅れな気がする。
いっそ作り直すか?
いや、面倒だな。
「もう、全部終わりにするか?」
いやしかし、と腕を組んで考える。
これでも結構、愛着があるのだ。
なにせ46億年も眺めていたのだから――
『手を取り合って』
これまでずっと、過去に戻りたい、人生をやり直したいと思ってきた。
あの時、ああしていれば
あの時、あちらを選んでいれば
あの時、あれを諦めなければ
周囲と比べることはしなかったけれど、それは単に優越感や劣等感の対象を周りに求めなかったからだ。
自分が嫉妬するのは、あり得たであろう別の選択肢を選んだ自分。
実に滑稽。
みっともないこと、この上なし。
そんな自分が、近頃人生をやり直したいなんて、これっぽっちも思わなくなった。
この歳にしてようやく、である。
だって、どこからやり直す?
これまで何度、選択を間違えた?
それは本当に間違いだったか?
やり直したところで、死ぬまで失敗も後悔もしないなんてこと、ないよね?
それならいっそ、この滑稽でみっともない自分と手を取り合って、山あり谷あり奈落あり。
数多の失敗や間違いを笑い飛ばしてやろうじゃないか。
『1件のLINE』
《目が覚めたら、今日のお題が替わっちゃってたんだよー😢》
そんなメッセージが表示されて微かに眉を寄せた。
《いろんな状況からスタートできるお題だったのにぃ》
《異常な状況下からのホラー風味とか》
《微睡みからのハートフルな日常ものとか》
《冷凍睡眠からのSFもいいよね》
《眠りじゃなくて精神的な何かから解き放たれた系もアリ》
《あ、異世界転生もの書いたことないから、それも書きたかったー!》
矢継ぎ早に流れてくる文章にため息をついて、スマホを確認する。
――うん、まだ電源入れてない。
『私の当たり前』
「この林檎、何色に見えます?」
「赤です」
「本当に?」
「では、こちらのバナナは?」
「黄色です」
「林檎は赤い、バナナは黄色い、ですか?」
「では、林檎はどんな赤色をしていますか?」
「どんなって……」
「赤にもいろいろあるでしょう?」
「バナナはどんな黄色ですか?」
「……黄色は、黄色です」
「まさか、あなたの網膜に映し出された色と、私の網膜に映し出された色が、寸分違わず同じだなんて思っていませんよね?
瞳孔の開き具合、明度や彩度を感知する細胞や器官、それを認知する脳、これら全てがあなたと私では異なっています」
「質問を変えましょう。この林檎はどんな形をしていますか?」
「えと、その、丸くて」
「丸い? どんなふうに?」
「見たままの形です」
「あなたが見ているものを、私はわかりませんし、私に見えているものをあなたはわからないでしょう」
「最後に、これまでの私の言葉をどう受け取りましたか?
キツイ口調に感じましたか?
呆れたようでしたか?
諭すようでしたか?
あなたの見えているものや感じていることを当たり前のこととして、普段生活していませんか?」
『街の明かり』
よくよく考えて選んだ光にホオズキの実を近づけると、吸い込まれるように中に入った。
星祭りの翌日は、こうして地に残った星を拾い集める。けれど、ただ集めれば良いわけではない。
その光がこれから一年、我が家を照らすのだ。
その光如何では、家の中が明るくも暗くもなる。明度という意味でも、命運という意味でも。
まさしく明暗を分けるのだ。
ひぃ、ふぅ、みぃ。
まだ足りない。
あちらこちらの家々に明かりが灯り始める。仄青い光、暖かく赤い光、まばゆく輝く金色の光。
私はひとり探し続ける。
もっと強い光を。
もっと烈しい光を。
でないと、我が家の奥に巣食うあの恐ろしい穢れを抑え込めないから。