『七夕』
深い紺色の空を、無数のカササギが飛んでくる。白と黒に分かれた翼に瑠璃色の尾羽。
やがてそれは列となり、一本の細い橋となった。煌めく星々の中でも、くっきりと浮かび上がる。
――今年は晴れているから、橋はかからないと思っていたのに……
天の川の水が溢れずとも、必ず渡れと言うことか。
一歩、踏み出す。
その美しい羽根に足を乗せる。
一歩、また一歩。
もう、こんなことをしなくてもよいのに。おまえたちの翼を差し出さなくてもよいのに。
健気なカササギたちは、踏まれてもなお「ウレシイウレシイ」と羽根を震わせる。
これは紛れもない罰なのだ。
それに気づいたのは、どれほど経った頃だろう。
長い年月をかけてゆっくりと変貌する自分たちの有り様を、こうして確認させているのだ。
側に居れば、愛を育めた。
会わずに居れば、思い切れた。
そのどちらでもない自分たちは、この関係に倦んでいくだけ。
彼は気づいているのだろうか。
かつて愛した、あの男は……
『友だちの思い出』
私の友人は、それはそれは本が好きで、結婚するときに「本でいっぱいの式にしたい」と言い出しました。
まず、ホテルの小規模バンケットルームに大量の本を持ち込んで並べ、各テーブルの上には招待客一人一人に合った本の一節をウェルカムカードで配置しました。
新郎新婦の生い立ちではそれぞれの読書遍歴を語り、ふたりの出会いの再現ビデオは書店で本を取ろうとして意図せず指が触れ合って……というもの。
親類や友人のスピーチは、各自お気に入り本のオススメトーク。
ケーキ入刀の代わりに、新郎新婦イチオチの本に栞を挟みました。
ブーケトスは、小さめで当たっても痛くない本をトス。受け取った人は「読んだことない本だ」と、ちょっと嬉しそうでした。
クライマックスの両親への手紙では、友人が今まで読んだ本の中から選りすぐりの《感動的な文章》を読み上げ、ご両親は苦笑しながらも涙ぐんでいらっしゃいました。
…………なんてね、そんな友だちいないんですけどね。
『星空』
ほんのすこし視線をずらすと、それまで見えなかった弱い光が視界の片隅にぼんやりと浮かぶ。
しんと静まり返った夜の中で、それに焦点を合わせないよう、慎重に視線を戻す。
ぞっとする呼び名をつけられたその星は、遠いむかし兵士の視力検査に使われていたらしい。
ライトイエローの、儚く光る美しい星なのに、いや、儚いからこそ呼ばれたのか――「死兆星」と。
『神様だけが知っている』
私が生まれたときのこと
私が喋りだしたときのこと
私が歩き出したときのこと
私が友達を作ったときのこと
私が学校に通ったときのこと
私が恋をしたときのこと
私が結婚したときのこと
私に子供が生まれたときのこと
私に子供が尋ねたときのこと
「ねえ、こどものころにもどりたい?」
その瞬間、
私と子供が入れ替わったときのこと