『1件のLINE』
《目が覚めたら、今日のお題が替わっちゃってたんだよー😢》
そんなメッセージが表示されて微かに眉を寄せた。
《いろんな状況からスタートできるお題だったのにぃ》
《異常な状況下からのホラー風味とか》
《微睡みからのハートフルな日常ものとか》
《冷凍睡眠からのSFもいいよね》
《眠りじゃなくて精神的な何かから解き放たれた系もアリ》
《あ、異世界転生もの書いたことないから、それも書きたかったー!》
矢継ぎ早に流れてくる文章にため息をついて、スマホを確認する。
――うん、まだ電源入れてない。
『私の当たり前』
「この林檎、何色に見えます?」
「赤です」
「本当に?」
「では、こちらのバナナは?」
「黄色です」
「林檎は赤い、バナナは黄色い、ですか?」
「では、林檎はどんな赤色をしていますか?」
「どんなって……」
「赤にもいろいろあるでしょう?」
「バナナはどんな黄色ですか?」
「……黄色は、黄色です」
「まさか、あなたの網膜に映し出された色と、私の網膜に映し出された色が、寸分違わず同じだなんて思っていませんよね?
瞳孔の開き具合、明度や彩度を感知する細胞や器官、それを認知する脳、これら全てがあなたと私では異なっています」
「質問を変えましょう。この林檎はどんな形をしていますか?」
「えと、その、丸くて」
「丸い? どんなふうに?」
「見たままの形です」
「あなたが見ているものを、私はわかりませんし、私に見えているものをあなたはわからないでしょう」
「最後に、これまでの私の言葉をどう受け取りましたか?
キツイ口調に感じましたか?
呆れたようでしたか?
諭すようでしたか?
あなたの見えているものや感じていることを当たり前のこととして、普段生活していませんか?」
『街の明かり』
よくよく考えて選んだ光にホオズキの実を近づけると、吸い込まれるように中に入った。
星祭りの翌日は、こうして地に残った星を拾い集める。けれど、ただ集めれば良いわけではない。
その光がこれから一年、我が家を照らすのだ。
その光如何では、家の中が明るくも暗くもなる。明度という意味でも、命運という意味でも。
まさしく明暗を分けるのだ。
ひぃ、ふぅ、みぃ。
まだ足りない。
あちらこちらの家々に明かりが灯り始める。仄青い光、暖かく赤い光、まばゆく輝く金色の光。
私はひとり探し続ける。
もっと強い光を。
もっと烈しい光を。
でないと、我が家の奥に巣食うあの恐ろしい穢れを抑え込めないから。
『七夕』
深い紺色の空を、無数のカササギが飛んでくる。白と黒に分かれた翼に瑠璃色の尾羽。
やがてそれは列となり、一本の細い橋となった。煌めく星々の中でも、くっきりと浮かび上がる。
――今年は晴れているから、橋はかからないと思っていたのに……
天の川の水が溢れずとも、必ず渡れと言うことか。
一歩、踏み出す。
その美しい羽根に足を乗せる。
一歩、また一歩。
もう、こんなことをしなくてもよいのに。おまえたちの翼を差し出さなくてもよいのに。
健気なカササギたちは、踏まれてもなお「ウレシイウレシイ」と羽根を震わせる。
これは紛れもない罰なのだ。
それに気づいたのは、どれほど経った頃だろう。
長い年月をかけてゆっくりと変貌する自分たちの有り様を、こうして確認させているのだ。
側に居れば、愛を育めた。
会わずに居れば、思い切れた。
そのどちらでもない自分たちは、この関係に倦んでいくだけ。
彼は気づいているのだろうか。
かつて愛した、あの男は……
『友だちの思い出』
私の友人は、それはそれは本が好きで、結婚するときに「本でいっぱいの式にしたい」と言い出しました。
まず、ホテルの小規模バンケットルームに大量の本を持ち込んで並べ、各テーブルの上には招待客一人一人に合った本の一節をウェルカムカードで配置しました。
新郎新婦の生い立ちではそれぞれの読書遍歴を語り、ふたりの出会いの再現ビデオは書店で本を取ろうとして意図せず指が触れ合って……というもの。
親類や友人のスピーチは、各自お気に入り本のオススメトーク。
ケーキ入刀の代わりに、新郎新婦イチオチの本に栞を挟みました。
ブーケトスは、小さめで当たっても痛くない本をトス。受け取った人は「読んだことない本だ」と、ちょっと嬉しそうでした。
クライマックスの両親への手紙では、友人が今まで読んだ本の中から選りすぐりの《感動的な文章》を読み上げ、ご両親は苦笑しながらも涙ぐんでいらっしゃいました。
…………なんてね、そんな友だちいないんですけどね。