イオリ

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7/20/2024, 11:27:59 PM

私の名前

 部活が早めに終わって、自宅で夕方の、県内の情報番組を見ていた。十分ぐらいの、恒例の駅前クイズコーナーがやっていた。

 驚いた。クラスメイトが出ていたのだ。お調子者の3人組。僕はびっくりして、でもその後笑いながら音量を上げた。

 解答チームは3組で、やはり3人ずつだった。みんな学生服を着ていた。中学生か高校生。ご丁寧に全員順番に名前を発表していた。

 最後に回ってきた例の3人組。ふたりは何事もなく終えたが、1番のお調子者が、小さな悪ふざけを始めた。自分の名前ではなく、なんと僕の名前を言ったのだ。

 その瞬間、えっ、と驚いたが、その後ニンマリと笑ってしまった。あいつ、やりやがったな、と。

 その上、なんとその3人組が優勝し、優勝インタビューも僕の名前で進んでいった。

 僕自身は何もせず、その名を県内に轟かせてしまったのだ。これはもはや、県を制覇したと言っても過言ではない。フフッ。

 翌日。

 なんで僕の名前使うんだよ、自分の言えよ、という話で盛り上がったのは言うまでも無い。
 

7/20/2024, 1:05:35 AM

視線の先には

 喫茶店。予備校帰りにいつもは数人で来るが、今日はたまたまふたり。初めて。

 本人はきちんと会話できてるつもりなんだろうけど、そんなことはないと私にはわかるわけで……。

 彼が止まることなくスプーンで掻き回している。ブラックなのに何をかき混ぜることがあるのか。

 落ち着きのない彼の視線の先をこっそりたどる。

 掲示板だ。左隅はお店のお知らせ。従業員募集中。今月の定休日。その他のスペースは、町の情報だ。

 なになに。

 迷子のワンちゃん探してます。

 熱中症予防法。

 俳句教室始めます。

 無料法律相談開催日。

 
 何か気になるのかな。他は……。

 新作映画、予約早割。

 今年もやります、花火大会。

 
 ふむ。なるほど。

 ん?もしかして。

 いや、まさかね。

 んん、でもそうなのかな。そうだったらどうしよ。

 そうだとしても、そもそもどっちかな。前に映画が好きって教えたことあるけど。その場合ならそんなに問題ない。はず。映画館に行くだけだから。

 でも花火大会だったらどうしよ。浴衣着なきゃだよね。着なくてもいいんだろうけど。でもどっちかだけ浴衣って変な感じもするから、ふたりで合わせたほうがいいかな。っていうか、別にまだ付き合ってもないのにふたりで浴衣もおかしいか。

 勝手に浴衣姿で並ぶのを想像した。頰が赤くなるのを隠すように急いでカップに口をつけた。


 彼が咳払いをしてから口を開いた。

 あ、あのさ。

 な、なに。

 俳句って興味ある?

 


 えぇ~。そっちなの〜。

7/19/2024, 12:11:43 AM

私だけ

 隣の大学サークルと、恒例の飲み会が開かれた。
 
 上級生同士はすでに顔見知りで、気軽に、久しぶりといった感じ。新入生はまだ敬語混じりで初々しい。だが酒の力もあってか、緊張は程なくして溶けていったようだった。

 それにしても。

 最初から気になっていた子がいる。眼鏡をかけた金髪のショートカット。今回初めて見たから、向こうの新入生だろう。はじめから気後れもせず、こちらにも酒を注ぎにやってきた。笑顔の子だった。

 僕がトイレから戻ろうとした時、偶然、その子と廊下で顔を合わせた。

 彼女は笑顔で、どうも、と声をかけてきた。

 それに対して僕はなぜか、大丈夫かい? 
などと少しずれたような返事をしてしまった。

 大丈夫ですけど。何です?何か変に見えます?

 なんとなく。

 どこがです?

 上手く言えないけど、笑顔が上手だなと思って。いや、すまない、なんでもない。気にしないで。

 僕は頭を振って、そそくさとその場を離れた。

 
 飲み会終了後、店先で散開して帰ろうとした時、背中から声をかけられた。あの子だ。

 ちょっといいですか。

 なにかな。
 
 さっきの話なんですけど。

 ああ、ごめん。訳わかんないこと言って。酔ってたから。

 なんでわかったんです?

 なにが?

 私の笑い方だけホントじゃないって。  彼女は真顔だった。飲み会での愛嬌は微塵もなかった。

 みんなと同じようにやってるつもりだったんですけど。

 うん。

 やり過ぎでしたか?

 いや、そんなことない。悪くない笑顔だったよ。

 でもバレた。なぜ。

 んん、と少し考えた。なんとなく、と、いい加減にあしらってもよかったが、彼女の真っ直ぐな視線が、僕の逃走を許さなかった。
 
 僕も前はそうだったから。でもやめた。

 やめられるの? 彼女は驚いたような声で言った。

 たぶんね。

 どうやって。

 さあ。人それぞれだと思う。僕の場合は……。  彼女が息を飲んで答えを待つ。

 まず、ロン毛の金髪をやめた。

 ロン毛、だったんですか。

 うん。

 金髪?

 うん。

 彼女の視線が右上に向かう。きっと僕のロン毛金髪姿を思い浮かべているのだろう。そして、

 あんまり似合ってない気がします。 頬を緩めながら言った。

 うん。僕もそう思う。やめてよかった。 僕は笑顔で返した。

 それじゃまた。 

 あの……。 背を向けようとした僕を彼女が呼び止めた。

 わたしも金髪、やめたほうがいいと思いますか? 

 さあ。センスがない僕に聞くなよ。

 はは、と彼女が笑う。今の笑顔は本物っぽいな。

 小さな笑いだったけど、いい笑い声だなと思った。

 

 

 

 

7/17/2024, 10:21:21 PM

遠い日の記憶

 4歳のとき、家族でパンダを見に行ったらしい。うっすらと記憶がある。

 不思議なのは、パンダではなく、家族が列に並んでいる光景が頭に残っていることだ。離れたところからカメラで撮ったみたいな。

 僕は父におんぶしてもらっている。その姿をなぜか自分が見ている。幽体離脱で飛び出た魂が、自分の体を見ているような、そんな感じ。

 昔のことを思い浮かべるとき、似たようなことが度々ある。なぜか自分を自分が見ている。明らかに客観的な視線で。


 自分の中に、もうひとり、知らない自分がいる。なんとなくそう思っている。

 もうひとりの自分は、時々、僕の記憶を脳に映すだけ。他に何もしないし、何も言わない。

 どうしてそんなことをするのか、若い時はわからなかった。

 おそらく、僕にとって大事なものだから忘れるなよ、と気を利かせているのだと今は思っている。


 僕は記憶力には自信がある。さすがに4歳の記憶は厳しいが、それでも大体のことは覚えているつもりだ。

 もうひとりのおせっかいな僕。

 いつか話がしたい。お前が何を考えきたのか。僕という人生がどうだったか。

7/16/2024, 10:07:34 PM

空を見上げて心に浮かんだこと

 空を見上げてみた。田舎の空は大きくて広い。焦点をどこに置くべきか迷うほど。まあこれは生来の優柔不断も一因だろうけど。


 もし鳥類学者なら、空の中の鳥に焦点を合わせるんだろう。

 気象予報士なら、雲かな。

 天文学者なら、さらに飛び越えて星。

 
 さて、僕の焦点はどこがいいかな、なんて考えてると、偶然飛行機が飛んできた。
とりあえず、その飛行機が流れていくのをじっと見た。

 梅雨の晴れ間でパイロットはラッキーだったね。

 周りに誰もいないのを確認してから、手を振ってみた。見られたら恥ずかしいくらい大きく。まあ、空から見えるはずないんだけどね。

 でも、もし、万が一、奇跡的に。飛行機の人たちが気づいてくれたら、なんて思うとちょっぴり胸がはずむ。
 

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