イオリ

Open App

私だけ

 隣の大学サークルと、恒例の飲み会が開かれた。
 
 上級生同士はすでに顔見知りで、気軽に、久しぶりといった感じ。新入生はまだ敬語混じりで初々しい。だが酒の力もあってか、緊張は程なくして溶けていったようだった。

 それにしても。

 最初から気になっていた子がいる。眼鏡をかけた金髪のショートカット。今回初めて見たから、向こうの新入生だろう。はじめから気後れもせず、こちらにも酒を注ぎにやってきた。笑顔の子だった。

 僕がトイレから戻ろうとした時、偶然、その子と廊下で顔を合わせた。

 彼女は笑顔で、どうも、と声をかけてきた。

 それに対して僕はなぜか、大丈夫かい? 
などと少しずれたような返事をしてしまった。

 大丈夫ですけど。何です?何か変に見えます?

 なんとなく。

 どこがです?

 上手く言えないけど、笑顔が上手だなと思って。いや、すまない、なんでもない。気にしないで。

 僕は頭を振って、そそくさとその場を離れた。

 
 飲み会終了後、店先で散開して帰ろうとした時、背中から声をかけられた。あの子だ。

 ちょっといいですか。

 なにかな。
 
 さっきの話なんですけど。

 ああ、ごめん。訳わかんないこと言って。酔ってたから。

 なんでわかったんです?

 なにが?

 私の笑い方だけホントじゃないって。  彼女は真顔だった。飲み会での愛嬌は微塵もなかった。

 みんなと同じようにやってるつもりだったんですけど。

 うん。

 やり過ぎでしたか?

 いや、そんなことない。悪くない笑顔だったよ。

 でもバレた。なぜ。

 んん、と少し考えた。なんとなく、と、いい加減にあしらってもよかったが、彼女の真っ直ぐな視線が、僕の逃走を許さなかった。
 
 僕も前はそうだったから。でもやめた。

 やめられるの? 彼女は驚いたような声で言った。

 たぶんね。

 どうやって。

 さあ。人それぞれだと思う。僕の場合は……。  彼女が息を飲んで答えを待つ。

 まず、ロン毛の金髪をやめた。

 ロン毛、だったんですか。

 うん。

 金髪?

 うん。

 彼女の視線が右上に向かう。きっと僕のロン毛金髪姿を思い浮かべているのだろう。そして、

 あんまり似合ってない気がします。 頬を緩めながら言った。

 うん。僕もそう思う。やめてよかった。 僕は笑顔で返した。

 それじゃまた。 

 あの……。 背を向けようとした僕を彼女が呼び止めた。

 わたしも金髪、やめたほうがいいと思いますか? 

 さあ。センスがない僕に聞くなよ。

 はは、と彼女が笑う。今の笑顔は本物っぽいな。

 小さな笑いだったけど、いい笑い声だなと思った。

 

 

 

 

7/19/2024, 12:11:43 AM