イオリ

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7/11/2024, 2:22:33 AM

目が覚めると

 前日のサークルの飲み会のせいで、大学には午後から行く羽目になった。頭が痛い。

 加えて、年老いた名誉教授が念仏のようにつぶやいている。

 必然、僕は夢の中へ。


 目が覚めた。時計をみると、20分程寝ていたらしい。まだまだ念仏は続いている。起き上がると頭に加えて首にも痛みが増えた。やれやれ。

 目が覚めてしまってはしょうがない。とりあえず広げていたノートに焦点を当てる。

 あれ?なんだこれは。

 左右見開きページを、鉛筆で書かれた右向きの矢印が横断している。自然と矢印を視線で辿る僕。

 並んだ矢印は右のページを越えると、長テーブルの上にも続いていた。ぼんやりした頭でその先を追う。

 空席上の矢印を越え、視線が終点にたどり着く。

 2つ隣の席の女子が小さく手を振る。待ってましたとばかりに、自分のノートをめくって笑顔でこちらに見せた。

 おはよう よだれついてるよ

 そこにはそう書かれていた。

 僕は慌てて口を拭った。彼女も飲み会に参加していたはずだが、僕よりはアルコール耐性があるみたいだ。

 まだ数回しか話したことなかった僕に、なんでこんなことできるんだ、と思った。

 でも悪い気はしなかった。

 

7/9/2024, 10:28:40 PM

私の当たり前

 僕も一個の矮小な人間なので、人波に溶けざるを得ないこともある。でも心のなかでは、絶対に譲らないと当たり前に思っていることもある。

 iPhoneよりもAndroid

 ホームズよりもポアロ

 金田一少年よりも金田一耕助

 巨人よりもヤクルト

 フジよりもTBS

 ステーキよりもハンバーグ

 お中元はそうめんよりもサラダ油

 お歳暮はハムよりもサラダ油

 犬よりも猫(にゃあ♡)

 異世界よりもZガンダム

 Adoよりも佐野元春

 すみませんよりもありがとう

 ナポレオンよりもアレクサンダー大王

 小池百合子よりもドクター中松

 コーヒーよりもココア

 夢よりも花

 花よりも恋

 恋よりも君


 僕の中の当たり前。外因がどんなに強くとも、心の芯は何者にも侵されない。侵されてなるものか。

 

 

 

7/8/2024, 10:03:39 PM

街の明かり

 片翼に穴が空いている黒の悪魔が、上機嫌で街を浮遊している。その異形に似つかわしくない、やさしいメロディーを口ずさみながら。
 
 今日の歌は、堺正章の『街の灯り』らしい。

 
 街の灯りちらちら あれは何をささやく

 愛が一つめばえそうな 胸がはずむ時よ 


 お気に入りのフレーズに差し掛かったとき、1軒の家を指差す。すると灯っていた灯りがすっと消えた。

 また最初から歌い出し、別のところへ飛んでいく。

 歌いながら、懐からメモを取り出し確認する。

 ああ、あそこだな。

 また、ある家に近づく。例のフレーズになると同時に指を差し、灯りをすっと消した。

 この家も喧嘩ばっかり。愛がないなら灯りもいらんだろ。


 また別のところへ飛んでいく。

 最後はあそこだな。

 ひと際大きな家に近づく。例によってあのフレーズの時に指を差し、その豪邸のすべての灯りを消した。

 悪いことして金を稼ぐやつに愛はいらん。だから灯りはいらんだろ。

 ククッ、と満足気に笑う。

 ここには明日も明後日もくるからな。

 そう言って月の光を避けながら飛んでいき、闇に溶けて消え去った。

7/7/2024, 12:32:09 PM

七夕

 7月7日。1年に1度、織姫と彦星が出会える日。まぁ。なんてロマンチック。 

 これ、子供の頃ね。


 そもそもなんで離れ離れなの?と思って調べてみたら、ふたりはラブラブ過ぎて、仕事サボりまくったんだって。それで天帝が怒って引き離した。でもまあ、1年に1度くらいは、っていうのが七夕の日。

 これをさ、大人は子ども達にきちんと教えるべきだよね。ロマンチックだね、で終わるんじゃなくてさ。仕事は大切だよ、とかさ。好きなことばっかりじゃだめだよ、とか。

 人は美しいもの、自分に都合がよいものばかりを見たがる。日本人は特にそうなんじゃないかな。そんな人たちが、年に1度のロマンスにだけ光を当てて、それ以外から目を背ける。

 そうやって築き上げられた社会。いやはや、現世とは蜃気楼の如く、美しき虚構なり、か。


 うーむ。

 なんだかジジくさいな。僕も大人になってしまったなあ。

 ええっと短冊、短冊っと。


 お星さまへ

 次の誕生日までに、ピーマンを食べられるようになりますように。

7/6/2024, 10:33:35 PM

友だちの思い出

 時計屋を継いだ友人。販売よりも製作がメインでその道を選んだ。

 僕が上京するとき、餞別だと言って1本の腕時計をくれた。彼のオリジナルだった。

 機械式だ。メンテが必要だから、もってこい。 それだけ言って無作法に渡された。たまには帰ってこいよ、ということだ。

 僕は、うん、と頷いた。

 
 それがこれなんだ。 引き出しから出して年上の彼女に見せた。

 ふぅん。初めて見た。もうしてないの?

 それがさ、最初の1ヶ月で2時間もズレるようになってさ。さすがに使えなかったよ。継いだといっても、まだ駆け出しだったからね。

 本人には言ったの?

 うん。

 それで?

 やっぱり本格的にやんなきゃなってことで、スイスに留学した。

 今は。

 今も。だからこの前言ってやったんだ。たまには帰ってこいよって。

 へえ。もしかしてさ、あなたが腕時計しないのって、友だちがそれを直してくれるのを待ってるから?

 まあ、そういうことになるね。

 ふぅん。なかなかいい話じゃん。 彼女が笑顔で言う。

 実はね、次の誕生日プレゼント、スマートウォッチあげようと思ってたんだけど、そういう事情なら要らないね。

 ……要る。

 どうして。

 だって要るから。というか、スマートウォッチしたことないから楽しそう。音楽聞けるし心拍数も測れるらしいし。

 でもその腕、もう予約があるんでしょ。

 腕はもう1本あります。

 両腕にするの?本田みたいに?

 うん。

 両腕に腕時計して私と街を歩くの?

 うん。

 レストランも?

 うん。

 んん、と目を閉じて彼女が考える。

 とりあえず、1回だけ。試しに。

 1回だけってどういうこと?

 彼女が笑顔を向けた。

 手をつないで歩いて、心拍数が上がったら許す。

 ……上がらなかったら。

 私に飽きたと見なす。 笑顔だ。いま、彼女はなぜか笑顔なのだ。

 ええっと。もし買ってくれたらさ、保証書ちゃんと取っておかないとね。スマートだろうがなんだろうが、所詮機械だから。数値がおかしかったら故障かもしれないし。あ、そういえば初期不良も多いって聞いたことあるよ。まあそもそも、あんなちっちゃいと、正確に測れるか不安だよね。大丈夫かな、あんなちっちゃい機械で。

 ……慌てすぎ。

 ごめんなさい。
 

 

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