星空
子供の頃。夜空の王様は月で、星は家来だと思っていた。
満月のときは、王様が得意げに夜空を歩く日。そんな時は、家来は怯えて姿を隠してしまう。
逆に三日月ぐらいのときは、王様もちょっと元気がないので、家来は安心して顔を見せる。
そんな感じ。
実際には月の方が小さいんだろうけどね。
現実世界では、やはり後者が理想かな。総理大臣とその他の議員。両者がバランス良く共存する空。
現職を鑑みると、リーダーシップも必須だなとも思うので、三日月よりは半月、ぐらいまでの存在感はあって欲しい。
そう考えると、満月のときは恐ろしいな。圧倒的な総理の輝き。その光が正しい方向を指すならいいが、そうでないことを考えると……。やはり半月ぐらいでちょうどいいかな。
ただ、満月の空でも少し変わったケースもある。並の議員なら、満月の輝きに鳴りを潜めるものだが、負けずに輝く星もいる。金星、木星、シリウス、ベガ、アルクトゥルス。
夜空が満月だけのもの、とはさせないぞ、という勇気ある星たち。そういう議員もいてほしいよね。
果たして彼らの放つ輝きは、次代を照らす光となるか。乞うご期待。
神様だけが知っている
PC作業中。
タイピングする手の上に、灰色の獣がのしかかってくる。
にゃあ。
どうした。ごはんか?
にゃあ。
よしよし。じゃあ向こうに行こう。 僕が歩きだすとデスクから飛び降りてついてくる。
ほら。
にゃ。 餌に鼻を近づける。が、食べずに僕の足元にスリスリしてくる。
なんだ、ごはんじゃないのか。散歩か?
にゃあ。
よしよし。じゃあお外行こう。 てくてくと、獣が付いてくる。
少し歩いて、猛獣はゴロンと寝転がり腹を見せた。
僕はよしよし、とお腹をなでなでした。
しばらくして、もう戻るよ、と言うと、
にゃあ、と返す。だが、帰る様子はない。僕はそのまま放っておいて、ひとりで部屋に戻った。
PC作業に戻る。
2分後、灰色の獣が走ってきて、再び手の上にかぶさる。
なんだなんだ、おまえは何がしたいんだ?
にゃあ。
何を訴えてるのか全然わからない。
神様、あなたならわかりますか?
別に教えてくれなくてもいいけど。
わかんなくても全然可愛いから。めっちゃ可愛いから。
ちゅーるあげよっと。
この道の先に
1枚置いて。また1枚くっつけて置いて。そうやってずうっと1枚ずつ並べて行く。
この道、どこまで続くかな。
そうやって、気づいたら月まで来ちゃった。
新一万円札、23億7500万枚も掛かっちゃったよ。23兆7500億円分。
ちなみにイーロン・マスクは29兆円持ってるんだって。あいつひとりで月まで行けるね。
月への道。
月には何があるのか。具体的に挙げれば、ヘリウム3という核融合の原料資源があるそうだ。利用できれば、エネルギー問題に貢献しそうだね。
でも科学に門外漢の僕には、そういった専門的なことは良く分からない。だから、月を目指す理由として思いつくのは、ロマンとかチャレンジ精神、みたいな話になる。まあ、知識不足の逃げ口上なんだけどね。
僕は、別に月じゃなくてもいいんだ。自分がチャレンジの道を歩いてロマンを注ぐ。それが実感できればそれでいいんだ。
シャンプーして、日焼け止め塗って、靴にブラシして。
今日も僕はロマンを探してチャレンジの道をゆく。
ええっと。できればロマンスも見つかれば尚良し、です。
日差し
レースのカーテンが揺れている。
30年の付き合いで、初めて家を訪ねた。
まあ、座れよ。
ああ。
整理、というよりも殺風景と言ったほうがあっていた。最低限のものしかない。
彼は私と違って仕事人間だ。こちらはただの課長だが、彼はボードの中の人間だ。同期の出世頭。だが、偉ぶることもなく、昔と同じように私に接してくれる。
グラスにビールを注いで乾杯した。昼間から飲む酒は美味い、というが、そうでもないな、と思った。
今度もな、うちは無配当になる。
そうか。うち、そんなにやばいのか。
少しな。 彼が笑顔で言う。
でも気にするな。お前は予定通り、向こうに転職しろ。
お前はって、じゃあお前はどうするんだ。
残る。とりあえずは。
しばし沈黙が流れた。外は初夏の日差しで光っている。だが、揺れるレースのカーテンが、彼の顔に影を作るのを私は見逃さなかった。
何を考えてる。 今は初夏だ。嫌な予感がした。
株主総会で社長を討つ。
意図的に息を飲んだ。そうしなければ、次の声が出ない。そう思った。
なぜそんなことを。
そういう時期なんだ。この会社は。
だからって、何もお前がやる必要は。
ある。俺も元々は社長派の人間だ。責任はある。
だからって……。お前だって無傷じゃすまないぞ。
覚悟はしてる。実は国交省の知り合いには、内密に話を通してある。総会終了後、調査が入る。逮捕は無理かもしれんが、退陣までは追い込める。
そのあとは。
わからん。流れに任せるさ。 彼が笑顔で言った。
お前には陽のあたる場所で待ってて欲しい。いいポストで俺を再雇用してくれ。
馬鹿やろうが。 涙が出た。なんでいつもこいつばっかり。涙を流しながら、彼のグラスにビールを注いだ。
カミさんには。
昨日話した。泣くなよ。うちのは泣かなかったぞ。
ああ、ああ。 そう答えたが、なかなか涙は止まってくれなかった。
窓越しに見えるのは
日帰りの温泉旅行の帰り道。父がトイレ、と言うのでサービスエリアに入った。
暑い日だった。僕は外を歩くのが億劫だったので冷房の効いた車で待つことにした。
休日だけあって、多くの人が歩いている。ジュースを飲んだりソフトクリームを食べたり、お土産の袋を両手いっぱいにぶら下げたり。
車窓からトイレの方に目をやると、やはり人の出入りは激しかった。お父さん、漏れずに出来たかな、などと考えていると、ふと屋根の方に目が止まった。黒い影が屋根裏に流れ込んだのだ。
車を出て、トイレまで歩いていった。すると今度は、さっきの影が外に飛び出していった。僕は近づいて見上げてみた。
燕だ。燕の巣がある。数は確認できないが、雛も何羽かいるようだった。
なんだ、と用を足した父が声をかけてきた。
ほらあれ、燕の巣。
へぇ。こんなに人が多いところで珍しいな。警戒心がないのか。
さあ。意外と人がいるところのほうが天敵がいなくて安全なのかも。
なるほど。
という一幕があった休日。なんてことない会話だが、普段は父とはほとんど会話は無い。燕の話も、これでもよく話した方だ。
窓越しに見えた影。実は車内からでも燕だと思っていた。
トイレの前で屋根を見上げていたら、何か会話が生まれるかもしれない。無意識にそう考えたのかもしれない。
そんな、ある父の日のこと。