イオリ

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日差し

 レースのカーテンが揺れている。

 30年の付き合いで、初めて家を訪ねた。

 まあ、座れよ。

 ああ。

 整理、というよりも殺風景と言ったほうがあっていた。最低限のものしかない。

 彼は私と違って仕事人間だ。こちらはただの課長だが、彼はボードの中の人間だ。同期の出世頭。だが、偉ぶることもなく、昔と同じように私に接してくれる。

 
 グラスにビールを注いで乾杯した。昼間から飲む酒は美味い、というが、そうでもないな、と思った。

 今度もな、うちは無配当になる。

 そうか。うち、そんなにやばいのか。

 少しな。 彼が笑顔で言う。

 でも気にするな。お前は予定通り、向こうに転職しろ。

 お前はって、じゃあお前はどうするんだ。

 残る。とりあえずは。

 
 しばし沈黙が流れた。外は初夏の日差しで光っている。だが、揺れるレースのカーテンが、彼の顔に影を作るのを私は見逃さなかった。

 何を考えてる。  今は初夏だ。嫌な予感がした。

 株主総会で社長を討つ。

 意図的に息を飲んだ。そうしなければ、次の声が出ない。そう思った。

 なぜそんなことを。

 そういう時期なんだ。この会社は。

 だからって、何もお前がやる必要は。

 ある。俺も元々は社長派の人間だ。責任はある。

 だからって……。お前だって無傷じゃすまないぞ。

 覚悟はしてる。実は国交省の知り合いには、内密に話を通してある。総会終了後、調査が入る。逮捕は無理かもしれんが、退陣までは追い込める。

 そのあとは。

 わからん。流れに任せるさ。 彼が笑顔で言った。

 お前には陽のあたる場所で待ってて欲しい。いいポストで俺を再雇用してくれ。

 馬鹿やろうが。 涙が出た。なんでいつもこいつばっかり。涙を流しながら、彼のグラスにビールを注いだ。

 カミさんには。

 昨日話した。泣くなよ。うちのは泣かなかったぞ。

 ああ、ああ。 そう答えたが、なかなか涙は止まってくれなかった。
 

7/2/2024, 11:35:42 PM