イオリ

Open App
4/1/2024, 9:57:58 PM

エイプリルフール

 家のヤカンをこすったら、ジーニーが出てきてさ。

 ふうん。

 願いを言え、っていうから言ったんだ。

 なんて。

 君が僕のこと好きになってくれるようにって。

 ふうん。

 どう。効果ある?

 さあ。ないんじゃない。元々好きだし。

 そっか。ジーニーめ、エイプリルフールだから嘘ついたな。とんでもない奴め。

 そうかもね。

 ……元々好きだし?

 なにが?

 さっきそう聞こえたけど。

 ああ、言ったかも。

 そうなのか?

 さあ。エイプリルフールだし。

 そっか。

 うん。

 ……映画行く?

 行く。ん、

 なに?

 手、繋がないの?

 繋ぎます。

3/31/2024, 11:05:40 PM

幸せに

 誤解してるみたいだから教えてあげる。

 トマトジュース(無塩)をぐびぐび飲む僕に、トマトの精霊が話しかけてきた。

 トマトのこと。

 トマトがなに?

 トマトはね、果物なの。

 野菜だろう。

 それが誤解なのよ。確かに公的な分類では野菜になるけど、でも果物なの。

 根拠は。

 私がそう言ってるから。わたし、トマトの精霊だから。

 イマイチ説得力がないな。 つれない僕の態度を見て、精霊は目に涙を浮かべた。そして大声を僕にぶつけてきた。

 だって、小さい子どもたちはみんな、野菜嫌いって言うんだもん。おいしいのに。だからトマトは果物なの。絶対そうなの。

 わかったよ。いいよ、それで。泣くなよ。 僕はティッシュを精霊に差し出した。精霊はそれで鼻をかんで、

 あなた、なんでそんなにごくごく飲んだの?

 美味しいから。

 えっ?本当?

 本当。

 野菜だと思ってたのに?

 うん。

 へえ。そうなんだ。 精霊は途端に笑顔を浮かべた。

 じゃあ、トマトは野菜でもいい。

 なんだよ、果物じゃなかったのか。

 うん。野菜。

 はあ、と僕はため息をついた。

 まあ、どちらでもご自由に。

 うん。トマトは野菜。 精霊はもっと笑顔になった。

 ありがとう。わたし今、すごく幸せな気分。

 大げさな。僕は何もしてない。ジュース飲んだだけ。

 うん。でも、ありがとう。

3/30/2024, 10:47:06 PM

何気ないふり

 電車に乗った。午後4時20分発。下り列車。座ることはできなかったが、まだそこまでの混雑ではなかった。

 つり革を握り、揺れだした体を支える。夕飯何にしようか、などと考えながらぼうっと車内を見渡すと、少し離れたところに和服の御婦人が立っているのに気付いた。

 風呂敷で包まれた荷物を片腕で抱え、もう一方はつり革を掴んでいる。髪は真っ白だったが、背筋はすっと伸びている。凛として、というのはこういうことなのだろう、そんなふうに思った。

 婦人の前の席には、高校生らが座っていた。今日のテストがどうとか、部活がどうとか、そんな話をしていた。

 一見、楽しそうな会話に見えたが、ひとりの学生はどこかそわそわしているようにも見えた。本当は、グループにあまり馴染めないのかな、などと勝手に思っていたがそうではなかった。

 あの、どうぞ。 と言って、その学生は婦人に譲ろうとしたのだ。突然の行動に、友人も驚いている様子だった。

 あら、ありがとうございます。婦人は笑顔で返し、着席した。

 位置は入れ替わったが、学生達の会話は元通り再開したようだった。立ち上がった学生も楽しそうに参加している。

 おそらく、最初から譲りたい気持ちはあったが、友人にからかわれるとでも思ったのだろう、あえて気にしないように振る舞っていたのではないだろうか。

 自分だったらどうしただろう。あの高潔そうな立ち姿には、返って失礼なのではと、及び腰になったかもしれない。何事もなかったように知らんぷりしていたかもしれない。

 電車が止まった。彼らの目的地はまだ先のようだ。彼の清々しさに気後れし、僕は逃げるように下車した。

3/29/2024, 11:10:01 PM

ハッピーエンド

 推理小説ばっかりだね、と年上の彼女が言った。

 どおりで理屈っぽい性格なわけだ。

 うるさいな。じゃあそっちは何読むの。

 もちろん恋愛小説よ。

 面白い?

 面白い。読んだことないの?

 ある。でも僕には合わない。

 どうして。

 ハッピーエンドって決まっているから。決まっているのがつまらない。そうじゃないのもあったけど、そういうのってはっきり言ってイマイチなんだよね。無理やり別れました、って感じで話としてぎこちない。そんで別れた場合は、それでもいい恋でした、明日からまた頑張りますってパターン。いつものパターン。もうわかりきってる。

 ほら、やっぱり。

 なにが。

 理屈っぽい。

 うるさいな。

  
 などと言い合いながら、買ってきたショートケーキを食べた。

 さすがランキング1位のケーキね。幸せ。

 うん、イチゴも美味しい。クリームも甘さ控えめ。美味しい。他のも食べてみたいな。

 ね、また明日も行く?

 いや、それはさすがに。でもそのうちまた行こう。

 
 1日の終わりに美味しいケーキを彼女と食べた。これはこれでハッピーエンドか。


 食べ終わったら、お皿洗っておいてね。あ、あとお風呂入る前にちゃんと掃除してから、お湯入れて。それから、明日燃えないゴミの日だから袋にちゃんと別けておいて。あと、冬物ぜんぶクリーニング出しておいてね、割り引き、明日までだから。それから……。


 さっきまでのハッピーエンドな気分はどこへ……。ええっとハッピーエンド、ハッピーエンド。

 ん?

 ハッピーなエンド?

 それともハッピーがエンドなのか?

 そんなことより早く皿を洗わなきゃ。やることいっぱいだから……。

 

3/28/2024, 10:54:15 PM

見つめられると

 突然の来客に面食らった。十代の女の子を家の中にいれるわけにもいかず、とりあえずファミレスに入った。

 僕が席に着くと、彼女が隣に滑り込んで座った。

 なんで隣に。向かいに座りなよ。

 逃げませんか。 問いつめるような目で言う。

 逃げない。だから前に座ってくれ。

 わかりました。 彼女は静かに移動した。

 時刻は午後3時。客も少ない。比較的穏やかな店内だった。

 何か食べるかい。

 いえ。コーヒーだけで。

 じゃあ僕も。 オーダーしてコーヒーが運ばれてくるまで会話はなかった。いや、正確にはコーヒーが届いたあとも、彼女は沈黙したままだった。

 一口飲んで、僕の方から切り出した。

 それで、御要件は。

 母を好きでしたか。 コーヒーの水面を見たまま、彼女が言った。

 なぜ、そんなことを。

 彼女は視線を上げた。そして絞り出すような声で、

 知りたいんです。どうしても。教えてください。

 真っ直ぐな瞳が僕を見た。似ている。あのときのあの人の瞳に。
 
 ああ、好きだった。

 本気で?

 本気で。 

 彼女はまだ真っ直ぐ僕を見ている。だから僕も真っ直ぐ見返した。

 そうですか。 あの、と言ってそこでようやく視線が外れた。こころなしか、戸惑いの表情に見える。

 あの、母もあなたのこと本気だったと思いますか?

 それは。 言葉に詰まる。それは僕の方こそ知りたかった。ずっと。

 それは、お母さんしかわからない。でもおそらく、僕が思う程ではなかったんじゃないかな。だから、上手くいかなかった。

 そうですか、と彼女が言った。先程よりは幾分、明るい声に聞こえた。僕は彼女の望む答えを与えてあげられただろうか。

 突然、すみませんでした。

 いや。……そうか、明日か。
 
 はい。ちょうど日曜日で。お墓参りの前にお会いしたくて。すみませんでした。

 いや。とだけ言った。そのあと何を言えばいいかわからなかった。

 もっと、嫌な人だと思ってました。彼女が言った。初めて見せた笑顔だった。

 そうか。

 そんなに悪くない人だったねって、明日報告します。

 そうか、とできるだけ笑顔で僕は言った。

Next