何気ないふり
電車に乗った。午後4時20分発。下り列車。座ることはできなかったが、まだそこまでの混雑ではなかった。
つり革を握り、揺れだした体を支える。夕飯何にしようか、などと考えながらぼうっと車内を見渡すと、少し離れたところに和服の御婦人が立っているのに気付いた。
風呂敷で包まれた荷物を片腕で抱え、もう一方はつり革を掴んでいる。髪は真っ白だったが、背筋はすっと伸びている。凛として、というのはこういうことなのだろう、そんなふうに思った。
婦人の前の席には、高校生らが座っていた。今日のテストがどうとか、部活がどうとか、そんな話をしていた。
一見、楽しそうな会話に見えたが、ひとりの学生はどこかそわそわしているようにも見えた。本当は、グループにあまり馴染めないのかな、などと勝手に思っていたがそうではなかった。
あの、どうぞ。 と言って、その学生は婦人に譲ろうとしたのだ。突然の行動に、友人も驚いている様子だった。
あら、ありがとうございます。婦人は笑顔で返し、着席した。
位置は入れ替わったが、学生達の会話は元通り再開したようだった。立ち上がった学生も楽しそうに参加している。
おそらく、最初から譲りたい気持ちはあったが、友人にからかわれるとでも思ったのだろう、あえて気にしないように振る舞っていたのではないだろうか。
自分だったらどうしただろう。あの高潔そうな立ち姿には、返って失礼なのではと、及び腰になったかもしれない。何事もなかったように知らんぷりしていたかもしれない。
電車が止まった。彼らの目的地はまだ先のようだ。彼の清々しさに気後れし、僕は逃げるように下車した。
3/30/2024, 10:47:06 PM