イオリ

Open App

見つめられると

 突然の来客に面食らった。十代の女の子を家の中にいれるわけにもいかず、とりあえずファミレスに入った。

 僕が席に着くと、彼女が隣に滑り込んで座った。

 なんで隣に。向かいに座りなよ。

 逃げませんか。 問いつめるような目で言う。

 逃げない。だから前に座ってくれ。

 わかりました。 彼女は静かに移動した。

 時刻は午後3時。客も少ない。比較的穏やかな店内だった。

 何か食べるかい。

 いえ。コーヒーだけで。

 じゃあ僕も。 オーダーしてコーヒーが運ばれてくるまで会話はなかった。いや、正確にはコーヒーが届いたあとも、彼女は沈黙したままだった。

 一口飲んで、僕の方から切り出した。

 それで、御要件は。

 母を好きでしたか。 コーヒーの水面を見たまま、彼女が言った。

 なぜ、そんなことを。

 彼女は視線を上げた。そして絞り出すような声で、

 知りたいんです。どうしても。教えてください。

 真っ直ぐな瞳が僕を見た。似ている。あのときのあの人の瞳に。
 
 ああ、好きだった。

 本気で?

 本気で。 

 彼女はまだ真っ直ぐ僕を見ている。だから僕も真っ直ぐ見返した。

 そうですか。 あの、と言ってそこでようやく視線が外れた。こころなしか、戸惑いの表情に見える。

 あの、母もあなたのこと本気だったと思いますか?

 それは。 言葉に詰まる。それは僕の方こそ知りたかった。ずっと。

 それは、お母さんしかわからない。でもおそらく、僕が思う程ではなかったんじゃないかな。だから、上手くいかなかった。

 そうですか、と彼女が言った。先程よりは幾分、明るい声に聞こえた。僕は彼女の望む答えを与えてあげられただろうか。

 突然、すみませんでした。

 いや。……そうか、明日か。
 
 はい。ちょうど日曜日で。お墓参りの前にお会いしたくて。すみませんでした。

 いや。とだけ言った。そのあと何を言えばいいかわからなかった。

 もっと、嫌な人だと思ってました。彼女が言った。初めて見せた笑顔だった。

 そうか。

 そんなに悪くない人だったねって、明日報告します。

 そうか、とできるだけ笑顔で僕は言った。

3/28/2024, 10:54:15 PM