イオリ

Open App
2/6/2024, 11:10:38 PM

時計の針

 時計の針がチクタク動く、という表現をする人は多い。あえて触れる必要もないが、その針はおそらく秒針だ。

 チクタクという言葉は、チクのあとすぐにタクがくるはず。長針、ましてや短針ではありえない。

 秒針にも種類がある。ひとつは、一定の速さで滑らかに動き続けるスイープ秒針。もう一つは、1秒ごとにチクタク動くステップ秒針だ。

 スイープ秒針の方は、時が進む、という表現が合っている気がする。ステップ秒針の場合は、時を刻む、か。

 時が進む、の場合は、放っておいても自然に、自動的に、という感じがする。

 時を刻む、の場合は、一瞬の静止と一瞬の跳躍の組み合わせ。喜怒哀楽の存在が、時の流れに合わさるような感じ。

 どちらがいいかな。やっぱりスイープ秒針かな。何が起こっても動じない、かっこいい大人って感じがして。

 でもスイープ秒針も、結局は、歯車で動くんだよね。見えない内側でチクタク、チクタク。
 
 ふーむ、どっちにしよう。アップルウォッチも見てみようかな。
 

2/5/2024, 11:31:10 PM

溢れる気持ち

 むかし。小学生のころ。両親とは上手くない毎日だった。父親だけでなく、母親からも殴られていた。

 ある放課後、図書室に集まってちょっとした都市伝説の話をしたことがあった。

 隣町の公園の電話ボックスで、とくべつな手順で番号を押し、ユキちゃん大丈夫?と訊くと、もう遅い、と男の声で返ってくるというものだった。

 明日やってみようというのがふたりだけ。残りは、馬鹿馬鹿しいとふたりに言い放った。

 次の日、ふたりのうちのひとりが欠席した。もうひとりの方が僕にひっそりと声を掛けてきた。

 あいつ、一緒に行くって言ったのに、昨日抜け駆けしてひとりで行ったらしい。バチが当たって風邪引いたんだろ、と。俺は今日行くけどお前も行くか、と言われたが、行かないと断った。

 次の日、もうひとりの方も欠席した。

 後でわかったのだが、ふたりとも身内に不幸があったらしい。



 学校から帰り、貯金箱を叩き割った。きちんと数えもせずに、いくらかの小銭を握ったが、隣町までの電車代には間に合うだろう。

 震える手でポケットに小銭を押し込んだ。

 母親が、どこへ行くのかと怒鳴り声をぶつけてきたが、構わずに外へ出た。駅へ走った。
 
 やっと。やっと今日で。

2/4/2024, 10:14:06 PM

Kiss

 体育館の裏で、人生で最初のキスをした。唇には不安定な感覚が残り、心には何故か、小さな罪悪感が残った。

 いまは、名前も知らない女とキスしても、なんの罪悪感も感じない。ああ、そうか、と思うだけ。

 大人になったということか。



 という話を年上の彼女にした。

 彼女は無言でじっと僕を見た。そのあと、すっと僕の後頭部に手を伸ばし自分の方に力強く引き寄せ、唇を当ててきた。

 数秒後、わずかに離れた。僕を真っ直ぐ見ている。

 私も罪悪感、ないみたい。あなたのとは真逆の理由だと思うけど。彼女が笑顔でいった。

2/3/2024, 11:31:27 PM

1000年先も

 記憶をたどると、おそらく幼稚園児ぐらいの時だったと思う。

 居間の壁に、鳩時計が掛けられた。祖父の兄弟からの贈り物だったはず。

 1時に1回、2時に2回、12時には12回、扉から飛び出して鳴く。13時はまた1回に戻る。半時間にも一回鳴く。

 ただ音が鳴るだけではなく、体を大きく上下に揺らし、しっかり口を開いて鳴くのだ。その仕草が愛らしくて、椅子に登って指で針を戻して、何度も鳴かせたのを覚えている。

 時間が経てば、流石に馴れた。成長するにつれて、鳴いている姿をあえて目で追うこともなくなった。が、素朴で温かみのあるあの鳴き声が耳に届くと、ほっとしている自分がいることに時折気付く。

 我が家の鳩は電池式だ。鳴き声がゆっくりになると、交換の合図。新しいのに換えると、びっくりするくらい速く鳴く。そのたびに、もっと早く換えればと思う。

 いつまで鳴いてくれるだろうか。僕が換えるうちは僕が換えよう。そのあとは。

 永久乾電池はいつできるのだろう。もし無理なら、太陽光電池に改造しようか。それなら1000年先も鳴けるだろう。 
 
 そうしたら思いきって、裏の森の一番立派な杉の木に掛けようかな。あの優しい声が森のみんなに届く。きっと本物の鳩も集まってくる。ひとりで鳴かずに済むだろう。

2/2/2024, 11:15:05 PM

勿忘草(わすれなぐさ)

 豆まきの日は、新しい季節のはじまり。実際にはまだまだ寒いけどね。

 ホームセンターに行くと、入り口の外には花のコーナーがある。お手ごろ価格のパンジー、ビオラ、それからクリスマスローズ。ちょっと高くなるとシクラメン、あとはスイセンかな。まだまだ冬のラインナップ。

 勿忘草はあったかな。水色のきれいな小花をたくさん咲かす。春の花といえば、チューリップが思いつくけど、チューリップよりも少し早く春の訪れを教えてくれる、というのが僕のイメージ。

 青系の花は、花壇にアクセントを与えてくれる。大事な役回りだ。

 でも、名前と花言葉の印象が強くて、みんなの意識がそればっかりになってるみたい。ちょっとかわいそうだな。

 私を忘れないでっていわれると、どこか心に重いものがのしかかる感じがして、怖いというのはわかる。

 でも勿忘草の花は、せいぜい三ヶ月ぐらいしか咲かない。花後は枯れてしまう。

 三ヶ月ぐらいなら、想いを預かっていてもいいんじゃないかな。そして枯れるのは、新しいスタートの合図。いずれは歩き出さなきゃね。












 




 勿忘草はこぼれ種を落とします。花後の整理をしないと、枯れても枯れてもまた咲きます。

 私を忘れないで。




Next