永遠の花束。
真っ先に造花を思いついたけれど、火で燃やせば溶けてしまうから永遠でない。
だから、逆の発想。
火でできた花束――火花の花束なら、永遠に燃え続けるかなと思った。
断っておくが、永遠とは条件次第で異なる永遠が存在する。
例えば酸素のない世界。
これでは燃えるものも燃えなくなってしまう。
火花とは、炎色反応を知っているものであれば分かると思うが、あれは金属の種類で火の色が変わるというものだ。
酸素がなくたって火の色が変わる?
そんなことはない。元々の火……ライターなどで炙るから炎色反応で色が変わるのだ。火を生み出すためには、どうしても酸素の存在は不可欠。
太古の炎は天より落とされたカミナリだとされ、落とされた可燃性物質が高温となって炎となった。
火の根源の安全が確認される条件を生み出したところで、火花の多様性を考えてみよう。火花に多様性が生まれなければ、花束にすることは叶わない。
つまり、火花の色彩を求めるために、様々な色合いを生み出す努力をしろと言いたいわけだ。
それが叶ったら、ようやく永遠の花束と言えそうだ。
あとは、その花束をどう使うか。
思いつかない。
オリンピックの聖火くらいしか使い道がない。
先月辺りにアメリカ辺りで山火事があったようだが、続報がよく分からぬ。また、日本でも誰かが火花を散らせたような血みどろの事件が起きたようだ。
このアプリで永遠の花束を生み出そうと思ったが、よく考えてみればもう生まれているのだろう。
それがどこにあって、どうやって世界各地を回っているのか。あるいはその火に意思が宿っているのか。
それがわからないだけかもしれない。
消し方がわからない。
火花を生み出すよりも先に、消火のやり方を考えたほうが良いかもしれない。
やさしくしないで、か。
今日のお題を見て、恋愛系だな、と頭を悩ませた。
確実に女がつぶやいている。こういったものは、男にはつらい。
ベッドに仰向けの姿勢。
頭には枕があり、病院を思わせる白く高い天井に向かって、両手を上げながらのスマホ操作だ。
両肘をついているが、腕が疲れる。体を横にして、楽な姿勢になる。
「さてどうしたものか……」
俺は今日のお題について、あれこれと頭を巡らせていると、「何見てるの〜」と天井から手が伸びてきた。
「うおっ」
なつみに俺のスマホをぶんどられ、そのまま画面を見られた。一気に手持ち無沙汰になる。音読される。
「やさしくしないで……、これがお題ってわけ?」
「そうだよ」
「ふ〜ん、メンヘラ女が言ってそうなお題みたいね。
やさしくしないで。もうほっといてよ!――みたいな?」
なつみはジェスチャー混じりに反応する。
自分の体を抱き締めるポーズをとり、男から防御するような感じ。いかにもめんどくさい女だ。
「いつもこんななの?」
このアプリの操作の仕方を知らないからか、何もせずスマホを返してくれた。
「そんなわけないよ。まあ、半分くらいは恋愛系のお題かな」
「理系なのに、こんなアプリに向き合っちゃって」
「文理とか、関係ないだろ」
「どうだか。理屈っぽいことしか書いてないんでしょ。どうせ」
「ああそうだよ。だからどうしたっていうんだ」
「別に。でも、今は私に向き合ってよ」
「おいおい」
と、俺は呆れていた。「まだするつもりかよ」
「まだって、まだ二回目。だってここは、『そういうところ』でしょ?」
もう夜の時間が深まった頃合いだった。
歓楽街に沈んだホテルの一室。
すでに夜のことを成した後の、ピロートーク的ムードでもある。だからなつみと談笑している。復帰待ちというものだ。
いつものこの時間の俺は、アプリに向き合う時間である。これを書かなければ、毎日が落ち着かない。
「なら、勝手にしろよ」
「おおきに」
そう言って、フリック入力をしていって、文章を作っていった。身体をさすりながら、下方向よりキスの落とすリップ音と、水音が聞こえた。
しばらく経って、スマホの画面を切った。
「もういいの?」
「筋は固まった。あとはシャワー浴び終わったら」
「ええ、終わったらね……」
二人の顔は徐々に近づいていき、口づけを交わした。
それでなつみは俺の耳元にこう囁くのだった。
「もうやさしくしないで、いいのよ?」
隠された手紙がどこかにあるはずだ。
だからお前には、告発文の在り処を探ってもらう。
隠蔽者は、上層部の面倒な指示で夜の建物に侵入した。
閑静な住宅。影の中に潜むように、そのうちの一軒に用があった。
五万以下の賃貸物件。とある理由により、思った以上に格安の家賃相場となる。
椅子の下、机の下。リビングはすべてハズレ。だが、書斎らしき6畳部屋でビンゴ。
椅子の下に、それは貼り付けてあった。
今時、古くさいことをしてくれたものだ。
隠蔽者は、目当てのものを見つけたことで、少々の安堵の心持ちになった。それをエネルギーに変えて、椅子裏の、1ミリ未満のズレでも感知する指先となった。
セロテープで四方を囲っているようだ。紙とプラスチック、そして椅子の三つの素材の違い。
段差にカリカリと爪を立てて、テープの角を粒立ててそれを足掛かりにする。丸みを帯びる角をくっと摘み、それから破り捨てるように、椅子から手紙を外した。
照明の付いていない部屋の中。か弱き月あかりを頼りに隠された手紙を白日の元へ。
隠蔽者は中身を確認し、独善的な笑みを浮かべた。
急いで部屋から出た。
近場に停めた車に乗り込み、エンジンをかけた。
15分ほどの滞在だった。目撃者はいない、と思いたい。
発車する前に、ライターで火をつけて、手紙を炙る。
火をつけたものを見ながら、名残惜しそうに運転席の窓からポイと捨てた。勢いよく車は駆ける。
道路に転がりながら、置いてきぼりになったそれは黒い粉末になって冷たい風で飛んでいく。
「ごめんな親友」
三回忌の年。
隠蔽者の車種は赤のアルファードだった。
バイバイ。
フジテレビのことかな?
テレビ離れがなんたらと言われてから、何年経ったか。
旧弊な組織は一旦バイバイしてもらって、新生を所望しましょう。そのために私たちは「嫌なら見るな」を徹底しなければなりません。
まあ、ニュース見たら、大幅な減収見込みで300億から500億の下方修正が入るだとか。
言われておりますけれどもね。
フジテレビの貯金は4000億くらいあるんじゃないかと言われているので、まあ、よほどのことがない限り何年か持ちます、みたいなことを見ましたが。
バイバイするのは、まだ先だということです。
いつしか売買されるんでしょう。
旅の途中で奇妙な猫を見かけたことがある。
京都に兄を巻き込んだ二人旅をした時のことだ。
場所はよくわからん。
今調べつつ記憶に残る場所を特定しようとしたが、よくわからん。憶測レベルだが、たぶん清水寺の帰り道に通った石塀小路が怪しいと思う。
石畳の敷かれた小路だった。
コンクリートなんて、どこにも使われていない。家の壁にも、道にも。石と壊れかけのラジオみたいな色素沈着の激しい暗い木材……。
両脇に迫るような京町の古都の家々が並び、明治、大正の古くさい香りがする。
もちろん、観光スポットのひとつなので、観光客がちらほらと歩いているし、夕暮れが舞い降りる気配がすると、支度を終えて華やかな着物を着た芸者がトコトコと小さな歩幅で歩いていく。現在でも通勤路として使われ、歴史が歩いているようだ。
同じような景色が続き、少し道に迷った感じもしていた。キョロキョロと首を振って、順路はどこだ、こっちは袋小路、あっちも行き止まり。
そんな感じで彷徨っていた時に、その猫を見つけたのだ。
奇妙だった。
その猫は軒先にただ座っていた。その前を通り過ぎ、2歩3歩後退る。じっと見つめている。置物かと思ったくらいだった。
声をかけた。お〜い、みたいに。
手も動かした。こっちこっち、みたいに。
でも、まったく動かない。前脚を見せ、お尻を下ろして座る。後ろ脚としっぽをお尻の下に、ドシンと座る姿勢のまま。じっと。
置物かな、と思ってしまうくらいだった。
でも、瞬きをしている。生きているはず。気品がある。
ツアーガイド代わりの兄をお〜いと呼び止め、あの猫はなんだと質問した。
「たぶん招き猫だよ」
「招き猫? あの、置物の?」
そうだ、と言った。
招き猫と言ったら、あの、前足を片方上げて手招きして固まっている置物しか思いつかない。
まさか生きている招き猫がいるとは思わなかった。
兄も物珍しそうにしていた。
自分と同じく、声をかけたり、ちょいっと近づいたりした。
「人馴れしてんな〜。全然ビビらないや」
飼い猫だろうが、鎖もつないでおらず、人もいない。首輪もない。昼に食べただろう猫皿が1枚置かれていただけで、この上ない質素で飾り気のない一軒の、縁側の上にいた。すぐ奥には障子が開かれ、和室があるだろう。京都は長細い間取りをしている。間口が狭く奥行きが長い。「ウナギの寝床」。誰かが言っていた。
「たぶん夜になったら開店するんだと思うよ」
「本当に店なの? ただの空き家みたいに見えるけど」
「うん、だから夜になったら暖簾を架けるんだ」
この辺りは高級料亭が多いらしい。
どこにどこがあるのかは不明。一見さんお断り。ドラマ「相棒」で出てくる料亭のような。そんな類の店前には、このような本物の猫を招き猫として置いているらしい。
僕は、ふうん、と言った。
知らない世界、知らない隠れ家。それを垣間見た気がして、せっかくだからとスマホでその白猫を撮った。
写真と実物を比べながら「美人だ」
ほっと、つぶやいていた。