ただひとりの君へ。
いや、君なんて一人に決まっとるやろがい。
という話なのだが、確かに「君」単体だと代替可能な言葉になると思う。
笑っている君、悲しんでいる君、楽しんでいる君、記憶の中の君……
例を出せば出すほど深まる、モブ感のある「君」。
すなわち代名詞として使われる「君」なのだが。
そういった意味の持つ「君」は、作品内でいくつも使った。登場人物さえ名前で書かず、君は〜、などと済ます。だって、ぽっと出の短編なんだもの。
でも、そういった深みのない内容もない、
面白みもないエグみもない、
マネキンのような空虚な存在で、設定を持たそうともしない、読者が勝手に想像する服装を着込んだ君を主人公に据えることで、枚挙にいとまがない調べを作り出したいだよね、
っていう作者の戯言。
もうちょっと擬人化してやりたいよなぁ、って思ったりした。西洋画みたいに、人でないものを人にする。
物語だってそうじゃん、人でないものを人にする。一介のモブを主人公に……
手のひらの宇宙。
どう書きゃいいんだこんなもの。
と、手のひらをじっくり見てみた。
すると、その時の僕は頭がおかしくなっていたのか、手のひらに広がる皺が、惑星の公転の軌道ではないかと思った。
ふざけんじゃねえ、という話なのだが、確かに輪郭はあると思う。かすかに軌道っぽさはあると感じた。
やや曲がっていたり、円周の線分がいくつも散らばっている感じといったほうがいいのか。
手のひらをじっくり見たことはなかったが、意外とよい発見があるものだ。
それらの皺……指関節が動くことでできる溝は、星の公転軌道と一緒で規則正しく、定められた場所にある。
手のひら大の宇宙について書こうかと思ったが、宇宙について考える前に目の前の見ようとしていないものを観察したほうが良いという、そんな気配を持っているお題だと感心した。知らんけど。
風のいたずら。
YouTubeを見ていたら、とある動画に出会った。
それはレースのようなもので、ゲームではない、
実写であり、ミニチュアの世界のなかを走ったように錯覚した。実際はミニ四駆を走らせて撮影したものだ。
ただ、目線はミニ四駆に直接カメラ(GPRO)を付けたもので、地面や部屋のなかで縦横無尽に駆け巡ったレッドレールを滑り、走行していく。
スタートがあって、ゴールがある。
動力はなし。位置エネルギーと運動エネルギー。
しかし、それでは坂を登るのは難しい。ブースターという乗るとダッシュボードみたいにタイヤの回転率をあげるものがいくつか設置してあって、それで加速を得た。
芝生の敷地内が広く見えた。実際広いと思う。
撮影者は道楽息子なのだろう。土地はアメリカ。
子供用のビニールプールの水上を走ったり、その周りを走ったり、ブーストを上げて敷地の塀の上を走ったり、脇にそれて高い樹木を回るようねカーブになっていたり。
4分の動画なんて、普通の動画ならあっという間だったが、レースができそうなレールの上を走るミニ四駆は爽快で、風が感じられる。
かたん、かたん。
レールが続いたものだから、つなぎ目で音が鳴る。そこは電車の線路と同じ感じ。
四駆で巻き起こった風で、地面に落ちていた落ち葉が舞い上がったほどだ。その1枚が揺らめくスケーターのように踊り、GPROの横をかすめる。風のいたずらで臨場感まで味あわせてくれた。
(あとで)
透明な涙を流したのは誰か。
それを解き明かす者が物語を作ったのが「Myth」なのだと思う。
濁った涙ばかりを流している僕ら。
その中の一滴が隠されているのがミステリーであり、ミステリアスなのであり。
その一滴をクロマトグラフィーなどで遠心分離をしようとする。それは透明な涙なのか、透明に近い何かなのか。
いずれにしたって僕ら人間である限り、透明という色はクオリアなのではないかと。つまり精確に視認なんて無理なんだと。不完全なんだと。そう思うべきなんだ。
あなたのもとへ勇者が来るようです。
P.S、追伸と書かれた部分を読んで、「またか」と彼は呟いた。
世界平和を望む王国と、裏で牛耳る魔王の城。
城もわかりやすく対比をとっている。
荘厳で宗教然とした風格のある白い城。
それが王国の方だ。
そうくれば、魔王城は闇一色。
一応彼は平和主義者のため、率先して襲った覚えはないが、危険視されている。誰もが近寄ってはならぬという危ない気配を醸し出して、世界に威嚇する。なのに、勇者は懲りずに来る。
元々、魔王である彼は悪役ではなく、ただの一般男性である。ちょっと腕に覚えがある強い人で、創業血族の魔王を滅ぼしたことがある。
討伐後、帰る家がなかったし、ラスボスにしてはゴールドを落とさなかったので、しばらく借りぐらしをしていただけだったのだ。
手紙を書いた送り主は王国の王女様であるが、彼の幼なじみでもあるし、許嫁でも深窓の令嬢でもある。魔王討滅時の古き仲間でもある。そんな旧知の仲なので、こんな風にちょくちょく手紙を書いてくる。
かつては彼のヒモやおサイフでもあった。借金をして保証人にもなってくれたし借金の肩代わりもしてくれた。至れり尽くせりである。
それでちょっと王国に目をつけられている、というのもある、のかな? たぶらかした覚えはないんだけどなぁ、と頬を引っ掻く。
手紙を出されたら出さないといけない。
彼は城の主であるので、素直に書くことにした。
「手紙読みました。今度デートしてください。近い内に誘拐してもいいですか。
P.S 勇者は殺してOKですか。」
返事は秒で来た。
「いいですよ。あなたといるなら、誘拐でも何でも。
P.S 好きにしてください。私も言い寄られることが多くて目障りな存在なのです」
こんな風に、手紙の中だけは彼女も王女様をやめている。普段はおしとやかで、白いレースのドレスを着こなして、優雅に会釈をするタイプなのだが、彼とやり取りする時は「本音」を言ってくれる。
「なら、誘拐ついでに式を挙げるのはどうですか?
魔物の軍勢を引きつれて、国民殺されてる中で君と誓いのキスをしたいです。
P.S 勇者の件が終わったら来ます。勇者の首を手土産にしたい」
返事はすぐに来た。
手紙の文字が震えまくっている。
「――! ほ、本望です! 我が国の臣民なんて、あなたに殺されるために生かされてるだけの生きている価値のない人間ですから、ぜひとも血飛沫の花にしてください
P.S 早く向かわせるように、こちらの方で急かしておきます」
……そろそろ幼なじみをやめてもいいかな。
まだ続けていたのは世界平和のためである。その大義名分がなくなったのなら、同棲したっていいだろう。
勇者が大量にくるだろうが、愛の力で蹴散らしてやる。
その時は金を落とせよ、今俺は金欠だ。金がないほど強くなるタイプの悪役なんだ。