22時17分

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1/8/2025, 9:31:37 AM

追い風に乗って、夜の海で船旅をしていた。
舳先にランタンでも付けているかのように、一隻の小さな小舟は漂っている。周辺は明るい気でいる。

見上げれば、三日月が。
小舟の正体は、三日月でもある。

漕ぐ。
くたびれた木製のオールで、濡れた夜の一部を削る。
海の奥深さに比べたら何百年分の一瞬なのに、想像通りに重く、そして動かない。
費用対効果。めっちゃ低くて叶わない。それで「老人と海」のように、強敵に出逢ったら死角でこの舟は大破。漂流することになるだろう。
危険を想像したら危険が囁いてくる。
体力を使うな。

違うと首を振った。
それでも漕ぐ、漕ぐ……漕ぐしかないんだ。
月は優雅だが、一方地上は向かい風に転じている。

遠くに島影が見える。
島か本土か分かるのは、夜が明けたら。

1/7/2025, 9:54:38 AM

君と一緒に現実逃避の夜闇へ。
そうやって無計画に駆け出したから、今の自分は病院で長くリハビリする結果になっている。

遅くなったけど、君に伝えたいことがある。
とは言っても、心のなかは複雑だ。
泣きべそをかいていた自分だったら、ありがとう。
決心した後なら、ごめんね。
すべてを知ったときなら、よくもだましてくれたな。
今は……許さない、に近いかな。

あんな高い崖から飛び降りたのだから、五体満足にはいかない。自業自得だと医者には言われたよ。
夜間飛行のマネごとをしたのか? なんて茶化された。
あの頃の僕らは真剣だった。まだ未熟な精神だったけど、それなりに結論づけて、あのようなバカな事をした。

その結果、二人から一人になったわけだけど。

……ここまで歩くまで、それなりの時間を要した。
2年。それでもこのざまさ。
身体を引きずるような感じで、いつまで経っても全盛期になってくれない。
この崖――君と一緒に飛び降りた所だ。
2年経っても、変わらないな。

思えば、抱きしめるような姿勢がバカだったみたいだ。
恋人でないのに恋人のマネごとをして。瞬間的シックスセンスで、最後に添い遂げようとでも思ったんだろうって。
どうやらクルンと一回転半でもして、僕が上になったようだ。それで君が最初に激突して、クッションみたいになって……これ以上はよそう。頭が痛くなってきた。

足を引きずってここまで来たわけなんだけど、これからもリハビリを続けるよ。本音を言えば、今すぐにでも君の後を……と言う意思でここに来たんだけどね。

もう一度いうが、君のことは許さない。
こんな身体にしたのに、先に逝って、無責任だ。
でも、どうやら君は飛び降りる前に救急車を呼んだそうだな。入院生活のときに警察が来て、君のスマホの履歴情報を調べていたよ。それで発覚した。

遺書を残さないって言ったよな。どうしてと僕が聞いても、理由を話さなかった。その理由、ずっと考えている。よくもだましてくれたな、から、許さないに変わるまで考えた。
遺書を残すくらいなら、代わりにこれを、と僕は解釈した。
だから、君のことは許さない。
それ以上に僕のことが許せないから。

1/6/2025, 7:09:29 AM

冬晴れ。

貴重な冬晴れに恵まれて、深々と降り積もる積雪量に待ったをかけた。
南アルプスのように、標高を白く着飾った自然の恵みたちは、久々に日光を浴びてどう思っただろう。
凍えゆく声無き声を発していたのか、悠然の等閑さに身を任せて身体を揺らす寸前だったか。

ペンギンと小アザラシは、久々に外の冬景色を探訪することにした。
きゅうー、と鳴き声とともに小アザラシが先導していて、その後に、ペタン、ペタンと黄色いカエデのような形をした足跡を、新雪に付けていく。
雪の妖精のように小アザラシは生き生きとしていて、冬の寒さなど感じている様子はない。そのままの姿でいる。一方ペンギンは、職務をする必要はないのに正装であると言っているような感じで、車掌帽に紺色の制服を着用していた。

二人が向かうのは洞窟だった。
特に行く宛もないが、久々の良い天気に恵まれた。
雪解け水の流れる小川を眺めていても良いだろうと天が言っている。二人以外誰もいない地域で、地域おこしでもするように新雪の感触を確かめたい、というのもあるかもしれない。

小アザラシは、ずるずると雪の上を這って進んで一本筋の太めなラインを描いている。スピードは玄関から出てきたときの子供。親代わりのペンギンは、途中まで並走していたが、足跡は分かれた。
ペンギンの足跡は、本来の道に沿って歩いているようだ。洞窟に向かうための道のり。
一方、小アザラシは大胆なショートカットをしている。
期間限定イベント。俯瞰してみればきっと、たこ焼きのように膨らんだコブの根元付近にあるくびれを突っ切っている。

本来この場所には清冽な湖があった気がした。
かつてはホタルがいた。数年前は小魚が暮らしていた。半年前は沼だ。
今は清濁併せ呑むような新雪が時代を凍らせている。
雪の下は氷だろう。その過程を、多分小アザラシは知らない。

「きゅー、きゅー」
「わかってる。待ってろ」

小アザラシは一足先に洞窟の入口に着いたようだ。
短いヒレを振り、ペンギンを待っている。
ペンギンは、ゆっくりとした足取りで楕円を描き、合流した。
冬の夕方は無いようなものだ。
日没前の帰り。
2人組は一緒に湖のショートカットをした。
無論、腹ばいで。

1/5/2025, 6:35:10 AM

幸せとは。
世間的にはまとまった時間のことを指しているかもしれないが、きっと、人生における一瞬の隙である。

この隙について、高効率な人生をしようとすると、多分「ムダ」だと考えてしまって、急峻な山々を巡る修行僧になってしまう。
過酷な山を登るために、スマホやタブレットを持っていくのか? しないだろう。山にコンセントがあるわけがないから。せいぜい数日で荷物になってしまう。
だから荷物は、サバイバルゲームのように味気ないものになっていく。そういう感じだ。

場所を移さないと幸せは感じない。
という風に、誰かが定義した幸せからは逃れたい。
身体は拘束されようが、頭の中は自由。
そんな消し残しの多いホワイトボードで書かれた数式……それも途中式を見るような退屈な時間より、僕は窓際の席に座らなくとも、窓の向こう側の世界を頭の中で思い浮かべる事ができる。

仕事スペースで飲むコーヒーより、喫茶店で味わうコーヒーのほうが何倍も美味しい。それだけの話だ。


余談だが、適当に備忘録を残したい。
今読んでる本は、一度読むのを断念して積読した山から引っ張り出してきたものだ。今再読している。
読み始めて五ページもしないところで、「慌ただしく過ぎていく毎日を意識しなければ、忘却の海に消えていく。死んだように生きることになる」と書いてあった。
前の自分は、多分素通りした言葉だったが、今はガツン!と心に響いた。
死んだように生きるとは「傍観者」のように生きる、ということだ、とも書いてあった。
過去の自分と今の自分は別視点に立っている。
これを成長と呼ぶ。と書いてあった。
これが成長……年齢による成長……。

……と読んでるときは思った。
でも、そうポンポンと成長するかなぁ、オカシイ!
とあとで思ったりする。
株価みたいな乱高下の激しいグラフだと、個人的主観の僕は思う。共感力が高い。人の意見に流されやすい。
それが長所であり短所であり、ひと回りしてどちらでもいいや、ってなった。疑問を思いつきやすい人生観である。備忘録失礼。

1/4/2025, 6:16:02 AM

日の出の煮溶けたコーンクリームスープをいただく。
富士山の八合目あたりにある小屋で暖を取っている。
ドアを開ければ、山の雪化粧。マイナス何十℃の凍てつく息が頂部周辺を鋭く見廻りしている。
天然の化粧水も、この温度にはたまらず凍結せざるをえない。それのせいで、岩肌はアイスバーンになっており、数年前には滑落崖から滑って下山して肉体が大根おろしのようになった哀れな犠牲者が出てしまった。
それでも新年の登山客はご来光を見に、この小屋で宿泊をする。大半の者たちは夜明け前より小屋を出発して、すでにいない。
元旦から数日。それでも人は来る。数日経ってもめでたい正月だからだ。

賀正の、自然の静けさ。
日が昇り切る頃には登山客が戻って下山客になる。日の出がそうさせたように、目的意識がガラリと変わる。それがなんか、不思議だと思う。
それまでに味わうこの自家製の黄色いスープは、作った本人である主人からしても、そうでなくても、たまらなく美味しい味だ。
喉の奥と舌が鳴る。銀のスプーンが沈み、掬い取る。
日の出の色。

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