変わらないものはない。
そう断言されると、変わらないものを探してみたくなる。
十歩ほどの歩行速度時間で、「変わらないものはない」というのが変わらない、くらいしか見当たらない。
これは変わらないものを答えた気になっていて答えてない。冬のなかに雪が見つからなかったので、冷蔵庫で製氷したようなはぐらかしだから、やはり変わらないものはないと断言してしまっても良い。
視界にあるものは日々刻々と変化している。
モノの最小単位は、原子・分子なので、これが微動として動かないというわけには行かない。
しかし、この微細な変化は、肉眼で判別できないレベルは無視してしまっても構わない。
この「無視」の度合いによって、人は、「変わるもの」「変わらないもの」を区別していると言える。
これは、時間単位が永遠かどうかでも関連してくると思う。ひと一人の人生についてか、人全体のみならずこの星について考えるまで引き延ばしていくとややこしくなる。
やはり時間は延ばしちゃいけない。500年後の未来なんて、僕らには関係のない話なのだ。
そもそも、僕らが目撃する(あるいは見えないが目撃しているはずの)変わるものを追いかけ続けることは多分に疲れるし、どこかで無理が生じる。
人生とは休息が必要だ。そのために変わらないものを見てぼーっとすることで安堵を会得している。
繰り返し訪れるモノに対しても「変わらないもの」と人は認識しているが、それは何度も来る規則正しいことに関してであって、本質は刻一刻と変わっている。
変わらないものは多数の奇跡と多数の時間、多数の犠牲の中で存在意義を発揮している。
……まあ、この考え方は真逆もあるけど。
秋冬は毎年訪れるが、毎年変わっている。
秋冬は毎年訪れることは約束されてないが、人は来るだろうと思い込んでいる。
どう書いたら良いかわからないが、まずは正答(=)を理解して、類似(≒)たちを見て、正しい(=)かどうか判断する。そういう回りくどい遊びをしたい生き物なのだろう。
そんなもの、前提条件によって答えの導き方が違ってくる。愚かな生き物だ。
クリスマスの過ごし方。
いつも通りです。
とは言え、東海道線が止まったらしい。
東戸塚あたりで沿線火災だと。
朝にも人身事故が起こったらしくて、クリスマスで人身事故ねぇ……などとちょっと考えてしまった。
数分間の思索の末、単純な答えにたどり着きました。
神はいるかもしれないが、誕生日はありません。
イブの夜。
普通に仕事してました。逆に休日なんてある?
そんなわけで、仕事から退却した私ですが、途中の乗り換え駅にて、ケーキ屋の前を通り過ぎました。
いつもはただのケーキ専門店だなぁ、隣のNewDaysのほうが客が多いまであるぞ。
くらいの認識でしかありませんが、この日は列ができるほど大盛況でした。
よく見る手持ちの看板を持って、「最後尾はこちらです」みたいなことをしちゃって。
私はそんな列にほ目もくれず、おうちに帰りました。
ちなみに次の日であるクリスマスもそのケーキ屋の前を通り過ぎましたが、全然客がいませんでした。
なんでだよ、本番だろ?
と思いましたが、よく考えてみるとケーキの消費期限は短いとは言え数日持つのでした。
ふむ、ケーキは事前に買っといて、当日は家でイチャイチャと……書くと寂しくなるので勘弁。
プレゼントの箱の赤い紐を紐解くと、その中には恋人が入っていた。
「メリー・クリスマス! プレゼントは私自身だよ」
と、ろくに着ないサンタコスのふしだらな姿でデコレーションされた、未成年の女子が笑顔を見せていた。
今夜はクリスマスイブ。男を喜ばせるために準備万端だ。
しかし、不運なことに、プレゼントの蓋を開けた男性は複数人いた。複数人が居合わせた。
「……いやちょっと待てよ」
男の一人が異を唱えた。
「俺の恋人をこんなにしたのはどこのどいつだ。ええおい」と。
恋人ヅラをしているが、これでもこの女子の恋人である。正直頭のレベルは低い方である。工業高校卒業後、将来の夢は行方をくらませた。
金髪にピアス。今年の夏に目一杯焦がした肌が、周囲を睨みつける。部屋の中でも黒いサングラスを掛けている。
たぶん女の子の遊び方も一人では無理だ。
きっと浮気している。そうに違いない。
「一人でやったんだろ」
そう心のなかで分析をしている男の一人が言葉を返した。
「ったく、姉はバカだからさ。ネットの浅い知識で、自分自身を……ってとこだろ」
「いいや! それは違う」
ガングロの恋人は言った。弟はこれを露骨に睨んでみせた。姉の年齢より5歳ほど年下だが、思いは強い。シスコンだからである。
「だったら誰がこれの蓋を閉めたんだ」
「それは姉だろ」
「話は最後まで聞けよ。……誰が赤い紐を結んだんだって言ってるんだよ。一人でこんなかに入るなら、別の誰かが蓋をして、紐を結ばなきゃ無理だ」
「そうですね」
もう一人が相槌を打った。
「そうじゃなければ、紐を解く必要はありませんから」
この男は姉の幼馴染である。
腐れ縁だと姉は言っていた。もうずっと脈なしだと分かっているはずだが、認められないでいる。
髪は当然のように黒い。
鉛筆、シャーペン、ボールペン。受験の色がこびりつく。
自分は高学歴であるのに、こんな、こんな……低学歴に靡くなんて、と思っているに違いない。
青いメガネを掛けており、真面目な大学生活を送っているらしい。酒は避けるように遠慮している気がした。
「こんなかに犯人がいるはずだ! 誰だ、誰がやった!?」
「俺じゃないよ」
「私もだ、誰がやった? 誰の差し金だ。小学生以来の幼馴染のこんな姿、もう見たくない!」
「おいしれっと付き合い年数でマウント取ってんじゃねー! たまたま隣同士だっただけだろーが」
「うるさい、幼稚園の頃のファーストキスは私だけのものだ」
(あ、あれ……?)
サンタ姿の女の子は、雑言飛び交う部屋の隅で一人取り残されていた。
実はこのアイデアの発案者は、本人ではない。
女の子が夜間、居酒屋バイトをしている人が立案した。彼女はプレゼントの中身が決められず、どうしようかと思って、コソッと相談していたのである。
ちなみにそのバイト仲間は男性だった。
だからこんなカオスとなっている。彼女とバイト仲間が咄嗟に考えた代物だ。
彼女は秘密を背負っていた。ここに恋人警察がいたら現行犯逮捕である。
それはバレてはならないと心得ている。
何としてでも自白だけはしたくない。でもどう逃げようか、考えあぐねている。
ゆずの香りが凝縮された内風呂から、開放的な露天風呂へ通じるドアを開く。外へ出ると柑橘系の香気の密度が一気に拡散する。
裸足で駆けていた子供は、はぁ、と一気に息を吐き出した。
初体験の香りだった。
そんなに良い香りだろうか?
初恋の人の香りがする、と母親は頬を染めていた。
気づけば振り返る香りがする、と父親は呟いていた。
どちらも鼻がバカになっている、と子供は悪態の顔をしていた。
父親の仕事場の保養地だった。
静岡県内。どちらかといえば、西日本寄り。
景色は富士山に嫌われている。こんなところ、熊でも寄り付かないと子供は思った。
経緯はよく知らないが、抽選で当たったらしい。
応募者多数で、抽選となります。
いわば宝くじのようなものだ。で、当たった。
安く泊まれるぞ――と父親は家族を連れて、3日ほどこの地で馴れぬ宿泊客をやっていた。
内風呂は、ゆずの香りで満たされていた。
大浴場の風呂に、いくつもの大玉のゆずがふよふよ浮かんでいた。いつから浮かんでいるのだろう、ソフトクリームのように、形を保てず溶けるのは時間の問題。
源泉かけ流しというから、そっちをメインに置いているかと思ったが、どうやら果物の匂いで誤魔化している。
すんすんと幾度か鼻腔を動かし、子供は眉をへの字にして鼻を摘む。
立ち込める水蒸気が、その匂いが具現化したみたいだった。色つきの毒ガス。
それで数メートルを、足を滑らす覚悟で小走りになって露天風呂に逃げ込んだのだ。
身体にまとわりついた匂いを、外の露天風呂で流すことにした。
子供はまだ未成年だったので、1人で風呂に行けなかった。絶賛反抗期に突入しているが、完全に拒否できるだけの勇気は持ち合わせていなかった。
いやいやながら、脱衣場まで一緒だった。
そこから先は、興味に先導されて駆け出したので、親は行方不明に。
香りの害と書いて、「香害」と言う。
そのことについて、頭の中の脳漿に浮かんできた。
これはスメハラみたいなもので、いくら香りの良いものを身体に纏わりつかせても、浴びるようにしたら周りに害が及ぶというものだ。
好きな人、嫌いな人。それは嗅がないと分からない。濃度もあるだろう。湿度も関係してくる。それが初恋の人なら思い出補正が入る。
香りは、微かな方が良い。
子供の敏感な鼻は客離れし、逆に大人の鈍感な鼻はリピーターになる。
年末になりゆく休日気分に浸る露天風呂。
身体を温めることにして、十分以上が経過した。
親は、まだ来ない。ゆずに絡まっているのか、湯けむり事件に巻き込まれているのか、人魚に魅了されているのか。
建物の壁を見やった。
そこには白い壁と、時計と、曇った窓が。
大きな窓の向こうには内風呂が見え隠れし、湯船の表面が見える。かけ流しの余波を受ける黄色い物体は、うようよと動いていて、そこに身体を沈める人たちが何人かいる。
誰が誰で、何者なのか分からない。けれど、子供以外の年上の人たちばかりだった。きっと、柑橘系の香りで長旅の疲れが取れると思っている。
子供は一人顔を歪ませた。
親の行方は、ゆずに尋ねるしかないのか、と。