22時17分

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11/28/2024, 9:55:26 AM

愛情の数値を、紙に書いて提出する学校があった。

導入された経緯などは、生徒たちにはよく分からないのだが、体温を確認するみたいなものだろう。
ちなみに隣の欄は「今日の体温」だ。
その人は女の子だったので、丸くかわいい字で数字を書いていく。

体温 36.4
愛情 36.4

親から示された愛情を、このように100分率で書いていく。36.4%受けてきた、という意味だ。
子どもの立場を鑑みると、愛情とは与えられる側だから、このような記述となるだろう。
体温と同じ結果になる。
風邪を引いて体温が上がると、いつもよりやさしくなる。大丈夫? 苦しくない? と親は子をわが子のように心配し、甲斐甲斐しく接する。
しかし、風邪が治ると愛情の数値が目減りする。
不機嫌になり、意見の相違があるとケンカをするようになる。

「先生、愛情って何ですか?」
まるで、勉強をする意味を他人に問うように、担任の先生に尋ねた。そうすれば、いつものように教えてくれる。そうだと思い込んだ。
しかし、今日ばかりか今月の担任は、げんなりとした顔つきである。美術の時間で習った言葉。グロッキー。
「入院すれば、分かるようになる」
「入院しないと分からないってことですか?」
子どもの質問を無視して、
「ああ……、今すぐにでも入院したい」と独り言。
「そしたら、金を稼がなくても親がお金をくれるようになる。もう残業したくない」

先生は頬杖をついた姿勢から、自分の顔をサンドイッチの具材のようにした。横方向からぐちゃっとした濡れた唇が縦に開いた。その中から覗いた前歯が汚い。そしてヤニ臭い。

こんな大人にはなりたくないなあ。
目が悪く、教室の最前列……。
くじ運も悪く、教壇の目の前が定位置である生徒はしばし心のなかで毒づく。
そして嘘だらけの紙切れに向き直った。
「もう辞めたい……」
「うるさいです先生」

11/27/2024, 9:46:50 AM

微熱の原因を探るため、身体中に手を当てていった。
お腹、胸、首、おでこ……。やはりおでこに当てると自身の熱の具合が分かる。

どうして分かるというのだろう。
それはおでこが冷たいからか。
あるいは、手の平全体が熱を持っているかのように熱いからか。

季節は秋から冬にかけて。
窓を開け、部屋の中の空気を入れ替える。
換気の風が、服の繊維を通り抜け、身体の表面を撫でた。冷たい風……。風邪を引いてさえいなければ、この風はもっと清々しく感じていたのだろうか。
身体に悪いと思っていても、風に当たる行為を止めようとは思わなかった。

同じ頃、向かい側の窓に、同様にして凍えるように小さな身体を震わせる子供がいた。
あの娘は不登校だろうかと近所の人は推測する。

玄関を扉を叩いてまで、外に出たくないのだ。
家の中にいすぎて、靴の履き方まで忘れかけているのかも知れない。
長い髪は雪崩に遭ったように散らばり、風に吹かれている。そして、引きこもりの娘は背を向け、窓際の暗い影へと消えようとした。

11/26/2024, 9:18:48 AM

太陽の下で「いでよ、月……」と唱えてみた。
もちろん、月は出現しない。

「あれ? おかしいな。いつもならひょっこり現れるんだが……」

頭のおかしい男は、脳内ではいつも完璧だと思っていた。独自の理論を組み立て、それを脳内で試行する。
完璧だと思っているが、現実でそれを実行しようとすると、いつも失敗する。

現実味のない、突飛な思考能力を有した者だった。
そうだ、月が移動したのだ。そうに違いない。


頭のおかしい人は、頭上の蒼天なる空を仰ぎ見て、そう考えた。そしていつものように、論理づけを行った。
宇宙は限りない。ビッグバンの勢いに応じて、外側に向かう大げさなベクトルに従って、放射状に広がっているという。
今頃になって月がそのことに気づき、その力に逆らえずに動いたとしたら……すべての辻褄があう。

その後、いつものように、脳内で空を飛ぶ方法を考える。マンガのような、ファンタジックな方法だった。
鳥になるしかない。
いつまでも地に足をつけた人間である限り、地上から離れることはできない。
幻想庭園たる空を目指すのだ。空もまた宇宙とともに、果てしない。

頭のおかしい人は、そうして時間を潰して考える。
思考にふけるとき、紙やペンを用意することはない。
それは凡人のすることで、ありとあらゆることを紙に書き出すなんて手間、私がするわけがない。
芝生の広場さえあれば、それでいいのだ。
空想と情熱を足し合わせ、入れ物である頭のなかでブレンドすればいい。
舌でベロベロとなめ回すように、脳内で空論を練った。

頭のおかしい人は、今日はいつもより頭がおかしかった。天才でも凡人でもなんでもなかった。奇人でもない。ありていに言えば、頭が悪い。
頭の質は凡人より遥かに劣り、頭の回転は天才以上に速い。

故に頭の中は始終空転が起こり、本来見えることのない結論を論理の不安定な糸で絡め取り、それを根拠とした。
明晰夢を見ているようであるが、頭のおかしい人はそれを認めようとはしないだろう。
頭を下げてまで、脳内に棲む化け物じみた腫瘍を取り去る決断はしない。逆に運命づけるだろう。私はこれとともに生きる。これの正体を考えることこそが、使命なのだと。

やがて夜になって、月が現れた。
今夜はきれいな満月である。


しかし、頭のおかしい人は別のことを考えていた。
ショートカットを連続した結果、自身は神ではないかと疑っては、信者がいないことに「なぜ」と言った。

11/25/2024, 9:45:51 AM

セーター。

おうちにセーターが2着ほどある。
色はどちらもオフホワイトで、N店で買った量産品のやつ。職場だと、みんな着てそうな奴。
似たようなものを買っている人たち。

僕は臆病な性格のため、冬風が吹けてめっちゃ寒くなったな、という時に訪れて、冬服の商品棚のところへ出向いた。
長袖、パーカー、フリース……。
その一群にセーターがあった。
カラーバリエーションは覚えていない。1種類しかなかった、と思う。

僕はアトピー性皮膚炎という厄介な性質の持ち主なので、セーターとかいうもこもこの王様的な服は今まで買ってこなかった。
しかし、触ってみてもふもふで、もふもふに惹かれて試着してみたら、「あっ、いいなこれ」
ということで1枚だけ購入した。
ぽかぽかして、とても良かった。
洗濯しても、縮まない。いい奴だ!

ということで、その2週間後。
再びN店に寄って、そのセーターをもうちょっと買うことにした。
しかし、考えることは皆同じ、という風に、もうすでに品切れ中みたいだった。
何もない。しょんぼりとする。
2週間前には、これでもかといっぱい陳列されていたのに……。適当に長袖を見繕い、おうちに帰った。

その2週間後。
諦めてたまるかっ、という僕が三度訪れた。
もしかしたら仕入れされているかも、というものだ。
でも、見当たらなかった。
やっぱりないよなあ……と思っていたら、一着だけあった。
まるで見本のような感じだった。
棚に積まれている感じではなく、ハンガーに掛けられて、「私、コーディネートされてます」みたいなものだった。

値札は……、付いてますね。
じゃあ、失礼します。
と、脱がせるようにハンガーから取り外した。
レジへ。値引きとかは、されていなかったと思う。
そんなわけで、二枚目は思い入れがある。

11/23/2024, 9:18:31 AM

平凡な「夫婦」の目の前に、一匹の悪魔が現れた。
時間帯は夜で、男はベッドで寝ている。
女の方だけが目撃した。

「そんな男で一生添い遂げる気か。もっと裕福になりたいだろう。途中で捨てちまいなよ」
「そうね、その方がいいわね」

女の方はすんなりと了承した。
悪魔はケケケ、と笑った。
男は一途だが、女の方はあっさり。
夫婦の関係は、こんな風にあっさり切られるものだ。

「良い男に、紹介してあげるよ。来な」

悪魔は手を差し伸べ、夜空のもとでデートをすることにした。しかし、女はそれを断った。

「どうして断る?」
「たしかに、この男は貧相な性格よ。おそらく5年がそこらで飽きてしまう。でも……」
彼女は、手を伸ばした。
「『これ』以上に良い物なんて、要らないの」
「ちっ、これだから人間は」

悪魔は開け放たれた窓から退散した。
男のモノは長いほど魔除けになる。
女の夜もそれで長くなる。寿命も長くなるのだ。

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