太陽の下で「いでよ、月……」と唱えてみた。
もちろん、月は出現しない。
「あれ? おかしいな。いつもならひょっこり現れるんだが……」
頭のおかしい男は、脳内ではいつも完璧だと思っていた。独自の理論を組み立て、それを脳内で試行する。
完璧だと思っているが、現実でそれを実行しようとすると、いつも失敗する。
現実味のない、突飛な思考能力を有した者だった。
そうだ、月が移動したのだ。そうに違いない。
頭のおかしい人は、頭上の蒼天なる空を仰ぎ見て、そう考えた。そしていつものように、論理づけを行った。
宇宙は限りない。ビッグバンの勢いに応じて、外側に向かう大げさなベクトルに従って、放射状に広がっているという。
今頃になって月がそのことに気づき、その力に逆らえずに動いたとしたら……すべての辻褄があう。
その後、いつものように、脳内で空を飛ぶ方法を考える。マンガのような、ファンタジックな方法だった。
鳥になるしかない。
いつまでも地に足をつけた人間である限り、地上から離れることはできない。
幻想庭園たる空を目指すのだ。空もまた宇宙とともに、果てしない。
頭のおかしい人は、そうして時間を潰して考える。
思考にふけるとき、紙やペンを用意することはない。
それは凡人のすることで、ありとあらゆることを紙に書き出すなんて手間、私がするわけがない。
芝生の広場さえあれば、それでいいのだ。
空想と情熱を足し合わせ、入れ物である頭のなかでブレンドすればいい。
舌でベロベロとなめ回すように、脳内で空論を練った。
頭のおかしい人は、今日はいつもより頭がおかしかった。天才でも凡人でもなんでもなかった。奇人でもない。ありていに言えば、頭が悪い。
頭の質は凡人より遥かに劣り、頭の回転は天才以上に速い。
故に頭の中は始終空転が起こり、本来見えることのない結論を論理の不安定な糸で絡め取り、それを根拠とした。
明晰夢を見ているようであるが、頭のおかしい人はそれを認めようとはしないだろう。
頭を下げてまで、脳内に棲む化け物じみた腫瘍を取り去る決断はしない。逆に運命づけるだろう。私はこれとともに生きる。これの正体を考えることこそが、使命なのだと。
やがて夜になって、月が現れた。
今夜はきれいな満月である。
しかし、頭のおかしい人は別のことを考えていた。
ショートカットを連続した結果、自身は神ではないかと疑っては、信者がいないことに「なぜ」と言った。
11/26/2024, 9:18:48 AM