22時17分

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11/26/2024, 9:18:48 AM

太陽の下で「いでよ、月……」と唱えてみた。
もちろん、月は出現しない。

「あれ? おかしいな。いつもならひょっこり現れるんだが……」

頭のおかしい男は、脳内ではいつも完璧だと思っていた。独自の理論を組み立て、それを脳内で試行する。
完璧だと思っているが、現実でそれを実行しようとすると、いつも失敗する。

現実味のない、突飛な思考能力を有した者だった。
そうだ、月が移動したのだ。そうに違いない。


頭のおかしい人は、頭上の蒼天なる空を仰ぎ見て、そう考えた。そしていつものように、論理づけを行った。
宇宙は限りない。ビッグバンの勢いに応じて、外側に向かう大げさなベクトルに従って、放射状に広がっているという。
今頃になって月がそのことに気づき、その力に逆らえずに動いたとしたら……すべての辻褄があう。

その後、いつものように、脳内で空を飛ぶ方法を考える。マンガのような、ファンタジックな方法だった。
鳥になるしかない。
いつまでも地に足をつけた人間である限り、地上から離れることはできない。
幻想庭園たる空を目指すのだ。空もまた宇宙とともに、果てしない。

頭のおかしい人は、そうして時間を潰して考える。
思考にふけるとき、紙やペンを用意することはない。
それは凡人のすることで、ありとあらゆることを紙に書き出すなんて手間、私がするわけがない。
芝生の広場さえあれば、それでいいのだ。
空想と情熱を足し合わせ、入れ物である頭のなかでブレンドすればいい。
舌でベロベロとなめ回すように、脳内で空論を練った。

頭のおかしい人は、今日はいつもより頭がおかしかった。天才でも凡人でもなんでもなかった。奇人でもない。ありていに言えば、頭が悪い。
頭の質は凡人より遥かに劣り、頭の回転は天才以上に速い。

故に頭の中は始終空転が起こり、本来見えることのない結論を論理の不安定な糸で絡め取り、それを根拠とした。
明晰夢を見ているようであるが、頭のおかしい人はそれを認めようとはしないだろう。
頭を下げてまで、脳内に棲む化け物じみた腫瘍を取り去る決断はしない。逆に運命づけるだろう。私はこれとともに生きる。これの正体を考えることこそが、使命なのだと。

やがて夜になって、月が現れた。
今夜はきれいな満月である。


しかし、頭のおかしい人は別のことを考えていた。
ショートカットを連続した結果、自身は神ではないかと疑っては、信者がいないことに「なぜ」と言った。

11/25/2024, 9:45:51 AM

セーター。

おうちにセーターが2着ほどある。
色はどちらもオフホワイトで、N店で買った量産品のやつ。職場だと、みんな着てそうな奴。
似たようなものを買っている人たち。

僕は臆病な性格のため、冬風が吹けてめっちゃ寒くなったな、という時に訪れて、冬服の商品棚のところへ出向いた。
長袖、パーカー、フリース……。
その一群にセーターがあった。
カラーバリエーションは覚えていない。1種類しかなかった、と思う。

僕はアトピー性皮膚炎という厄介な性質の持ち主なので、セーターとかいうもこもこの王様的な服は今まで買ってこなかった。
しかし、触ってみてもふもふで、もふもふに惹かれて試着してみたら、「あっ、いいなこれ」
ということで1枚だけ購入した。
ぽかぽかして、とても良かった。
洗濯しても、縮まない。いい奴だ!

ということで、その2週間後。
再びN店に寄って、そのセーターをもうちょっと買うことにした。
しかし、考えることは皆同じ、という風に、もうすでに品切れ中みたいだった。
何もない。しょんぼりとする。
2週間前には、これでもかといっぱい陳列されていたのに……。適当に長袖を見繕い、おうちに帰った。

その2週間後。
諦めてたまるかっ、という僕が三度訪れた。
もしかしたら仕入れされているかも、というものだ。
でも、見当たらなかった。
やっぱりないよなあ……と思っていたら、一着だけあった。
まるで見本のような感じだった。
棚に積まれている感じではなく、ハンガーに掛けられて、「私、コーディネートされてます」みたいなものだった。

値札は……、付いてますね。
じゃあ、失礼します。
と、脱がせるようにハンガーから取り外した。
レジへ。値引きとかは、されていなかったと思う。
そんなわけで、二枚目は思い入れがある。

11/23/2024, 9:18:31 AM

平凡な「夫婦」の目の前に、一匹の悪魔が現れた。
時間帯は夜で、男はベッドで寝ている。
女の方だけが目撃した。

「そんな男で一生添い遂げる気か。もっと裕福になりたいだろう。途中で捨てちまいなよ」
「そうね、その方がいいわね」

女の方はすんなりと了承した。
悪魔はケケケ、と笑った。
男は一途だが、女の方はあっさり。
夫婦の関係は、こんな風にあっさり切られるものだ。

「良い男に、紹介してあげるよ。来な」

悪魔は手を差し伸べ、夜空のもとでデートをすることにした。しかし、女はそれを断った。

「どうして断る?」
「たしかに、この男は貧相な性格よ。おそらく5年がそこらで飽きてしまう。でも……」
彼女は、手を伸ばした。
「『これ』以上に良い物なんて、要らないの」
「ちっ、これだから人間は」

悪魔は開け放たれた窓から退散した。
男のモノは長いほど魔除けになる。
女の夜もそれで長くなる。寿命も長くなるのだ。

11/22/2024, 9:15:26 AM

「どうすればいいの?」

このお題を見て、僕は以前20歳のニートと会話したことを思い出した。
彼との出会いは精神科での集まりだった。
社会復帰を目指す、あるいは社会復帰した者たちで構成された参加者たち。
精神科クリニックの一室に集められた数人。
僕と彼は、その参加者だった。

ニートである彼は運動不足と食欲のない貧相な身体つきでポツポツ呟いた。
小学五年生から不登校生活は始まった。
それから20歳。ずっと不登校でいる。
中学、高校とまったく通っていない。
今話題のフリースクールも通っていない。
中卒確定。だから、受験というもの、宿題というものなどまったく知らないという。
約九年間自宅で引きこもっていた。
それで、冒頭のセリフということだ。

危機感を持っていると言っていた。
危機感? ははっ。
危機感があったら9年間もニートしてないだろ。

不登校とニートについて、心のなかで蔑んだ言葉が湧いて出た。
今では恥ずかしいものだが、自己肯定感が低かったのだ。自分の存在を理解するために、ネットで不登校ニートや派遣社員などのブログを頻繁に読みあさっていた。自分も同じようなもの。コメントは残さない。感想として上手く言語化できない、ドロッとした醜い感情。

ファシリであるクリニックの先生が、悩める彼について僕にアドバイスはないかと話を振ってきた。
僕には不登校歴が1.5年、ニート歴も1.5年あった。
それでも、社会復帰できている。正社員をやらさせてもらっている。もう二度とこんな奴にはならないぞ、という、一種の同族嫌悪である。

ファシリには申し訳ないが、僕はアドバイスを送るような人間ではない。
ネットの世界で散々貶したのだ。
彼のような無職ニート、不登校に対し、努力がないとか、やる気がないとか。
言葉にして残していないが、同調したのだ。
そんな甘ったれたこと言ってんじゃねえというドロドロとした黒い何かを吐き出そうとした。
でも、そんなこと……。
口を閉ざす。
面と向かって話すほど、彼を傷つけることはできない。
ニート・無職像は、ネットに属する画面の向こう側だから、あんな言葉が湧いて出るのだ。

「アドバイスできません。僕の人生のどこを探してもありません。とりあえず、うつを治したらどうでしょうか」

それだけを答えて、あとは別の話題へシフトした。
以降ニートの彼が喋るターンは来なかった。
僕がずっと喋っていた。雄弁は銀、沈黙は金。
そんなわけがない。

11/21/2024, 9:56:30 AM

宝物を守るミミックは、本日もダンジョン内をおさんぽ中である。

薄暗い地下ダンジョン。
攻略難易度は高めな方で、実際、そのミミックは百戦錬磨の無敗であった。
実はラスボスの魔王や裏ボスであるダンジョン最下層に座す主よりも強いのではないか、という噂もある。
実際、箱の中には、ラスボスをハムのようにスライスしてしまうほどの伝説の武器が何本も入っていたりする。
しかし、ミミック的にはそれら伝説の武器たちを丁重に運ぶことなどせず、ガッチャン、ガッチャンと、中身を揺らして歩いている。

いわゆるジャンプしての移動はしていない。
歩いているのだ。
ミミックは宝箱であるので二足歩行ができる足は生えてないが、どこか生えているような気がする。感情もある気がする。
スキップ、スキップ。
身体(箱)の重心を交互に、左右に、傾かせて。
見えない音符と見えないリズムを奏でている。

「……」

ミミックは、ふと耳を澄ますようになった。
身体を固まらせて、閉じた宝箱となっている。
変な場所で静止したが、その辺は問題ない。
意外とツッコまれたことはない。

電源が切れたように、もう動かない。
ちなみに箱の装飾はちょっと豪華である。
以前は普通湧きのボックスのように、錆だからけの金具に薄汚れた木箱を連想させる見た目だったが、いざこれがミミックだと分かると、冒険者が舐めてかかってきてしまう。
犠牲者の屍の山がダンジョンに積もって、掃除が大変だと魔物たちが愚痴を零していた。

だって歯向かってくるんだもん……。

ミミックがシュンとしていると、魔物たちは提案した。グッドアイデア。ミミックは宝物の中からアクセサリーを取り出し、箱の装飾を頑張って飾った。

十字の分岐路の一方から、冒険者一行がやって来た。

「おい、あれ」
「あ、宝箱……」

男が気づき、女が目ざとく視線を揺らす。
赤色のネックレスの反応が良い。

典型的なメンバーで構成されている。まだミミックだとは気づいていない。女が近づいて、箱を開けようとした……。

恒例行事。
口を大きく開けて、伸びた手を噛みちぎろうとした。

「うわっ、ミミック!」
「くそ……」

一行の目がきつくなり、臨戦態勢。
ミミック側は、ちょっと甘噛みして逃がす予定だったのだが、そんなにやる気なら仕方がない。
本日は気分が良いから相手になろう。

箱の蓋をぐっぱりと回し開け、中身をよぉく見せた。
中には山盛りの綺羅びやかなゴールド、歴戦の勇士が所持した豪華な戦利品。それから紫色の……よく知らない空気の塊。
それらをとことん見せてから、戦闘に入る。
そうすると、ゲームのシステム上「逃げられないバトル」に進化する。

とりあえず、男どもをザラキで即死させてから、可愛い女の子を土下座させたい。
1分後にそうなって、3分後には意気投合。
一緒にダンジョン内デートをすることになった。
女の方が少し怯えているようだが、ミミックにはよくわからない。

スキップ、スキップ。
こうやって、地下ダンジョンの魔物たちに見せびらかすことを毎日やっている。気分が良いのはそれである。
ダンジョン外にこの噂は広まることはない。
その辺は抜かりない。
「逃げられないバトル」なのだから、男たちに死に戻りなんてさせない。

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