お題は「海へ」である。
……ちょ、困るなあ。
一週間前に類似品が出たばかりじゃないか。
「夜の海」と、さして変わんねぇぞ。
というか、「夜の海」で書いたやつがそのまま「海へ」で書いちゃったしなー、とぐちぐち言っております。
もう何らかの比喩的な「海へ」にして逃げるか。
なんか思いついたら書くかもしれんし、書かないかもしれん。フラグはちゃんと立てておきましょう。
そのほうが海水浴客にまぎれて海へ逃げやすいですから。
裏返しとひっくり返しは、そこまで違いが無いだろうと思えてきた。
後者のほうがくるんと物を返す動作が大げさというだけで、やっている事柄は同じだ。
一枚のカードと一つの砂時計も。
持ち上げて翻すという行為。
ただし、人がこれをやるためには意味や理由がいる。
とある意味を見つけるために世界各地を回っている者たちがいる。古びた建物……古代遺跡などを見つけ、探索している者――旅人である。
旅人は、今回も人が立ち入ったことのない砂漠の中に潜む地下遺跡を探し当てた。
砂にまみれているが!色合い的には緑が主役になっていて、レンガの溝に沿って植物のツルが伸びている。
遺跡の周辺に、オアシスなどのような水場もないというのに、どうして植物が生えているのか気になった。
遺跡の入口からツル性の生き生きとした緑色が溢れていることに気づいた。
彼はそのツルの出どころをたどるように、地下遺跡の奥へと進んでいった。
どのくらい降りていったというのだろう。
地下12階といったところで、地下階段への段は途切れ、平坦となる。階段の先は砂に埋れていた。
そこを折れ、逆U字型のアーチをくぐって広間のようなところに入った。地下室だろうか。
地下深くにあるというのに、意外と明るい。
天窓があるからだ。そこから太陽の燦々とした陽光が差し込む。
室内には、巨体な水槽が一台だけあった。
縦3メートル、横10メートル以上はあるおおきな水槽だった。だが、入っているのは水ではない。砂だ。
砂の色は青。だから、アクアリウムの水槽を見ている印象を受けたのだ。
水槽の蓋は厳重に閉じられていて、中の砂は触ることはできない。水槽の、ガラスの横壁に防がれた。
砂の水槽の下には、なにやら赤色のスイッチがある。
旅人は特に武器や防具など持っていなかったが、身の危険なるものは今までの経験上何もなかったことから、しゃがんでそのスイッチをパチンと押した。
すると、砂の水槽に変化があった。
立ち上がり、水槽の様子を見た。なにやら音がする。
スイッチが作動したことにより、水槽内の砂が砂時計のような具合で少量ずつ下に落ちていっているようなのである。
さらさらと、些細な音が川の流れのように、砂の水槽から消え去っていく。
砂の水位が数ミリずつなくなっていく。流砂のような感じで中央が凹んでいって、そして、その渦に埋没した遺跡のようなものが現れていった。
城のジオラマが、砂に埋もれていたようである。
「……これで、終わりか?」
しばらく旅人は砂の無くなった水槽を見ていたが、特に変化がなかったので、その場をあとにしようとした。
その時、階段に出た際に、この階が最下段だと思っていたが、左手を見ると階段に続きがあることに気づいた。
降りていく。地下14階、15階、16階へと。
すると、階段のまだ見ぬ地下からブワッと風が吹いてきた。向かい風だった。
砂が混じっていると思い、目元を覆いながら先へ進んだ。
しばらくして、旅人は風の流入経路を特定した。
今いるところはどうしてか夜空の一部だった。
最下段は塔の最上階の吹き抜けの一室。
東西南北それぞれに、雲と夕景と月と砂漠の景色が眺められた。
風が通る。砂漠側だった。
鳥のようになりたい、と優等生は空を見上げた。
外は相変わらず暑いようだが、暦の上では処暑の前日。
お盆を過ぎて、これから徐々に涼しくなっていくという。嘘のようでホントの話。
夏休みが終わりを告げるように、今までの夏もいつかは終わりを告げていた。
夏休みが始まった日からずっと家にいる。
夏休みの宿題なんてとっくに終わっていて、受験生でもないのに毎日勉強机に座っている。
外が暑いからいけないのだ。
友達も誘ってこないからいけないのだ。
だから、私は外出しなくていい。
そんな都合の良いことを思いながら、勉強机に座っては、来年の受験期の前触れのような形容しがたい不安を感じ、防御する姿勢を取る。
体育座りのように両足を抱え、始終学タブの画面をペンで叩いている。
室温は24℃。
快適な温度のはずだが、変な姿勢のまま勉強机にずっと向かっていると、どうしてか体が慣れてきて、外気温のような、見えない暑さがまとわりついてくる。
肌に触れると、うっすらと汗。
冷や汗か、と指を這わせる。いや……汗だ。
優等生はガラスコップをつかんで、一気に麦茶を飲み干した。
優等生の喉のみがこくこくとゆっくり動き、コップの外側から垂れてきた水滴が、ダサい部屋着兼貧相な私服に落ちる。
空になったコップを机に置く。
コップの重装備の、水滴の鎧がみるみるうちに剥がれ、机の一部が水たまりになって、何らかの紙の冊子が水を吸う。即座に濡れの色に変わる。
優等生は、濡れたことにひょいと一瞥したが、特に対処はしなかった。変わらず学タブに夢中でいる。
空は夏の晴天を指していて、別に見上げた理由もない。
鳥になりたい、と思っていても、一匹も鳥はいない。
鳥の声も聞こえない。セミのうるさい鳴き声が、早くいなくなれとも思っていない。
優等生は胡乱げに空を見上げ、そして画面に目を戻した。
学タブには線画の鳥が小枝の上に止まっている。
見本はないが問題ない。
自由は見えないのと同じように、見えない鳥を描いている。美術部員であれば、さして問題のない事柄。
脳内物質を糧にペン先がしゅっと飛翔。
思いの外、翼の線が長くなったが特に書き直さなかった。
烏龍茶ってさ、コーヒーに似てるよね。
色とか、味わいとか。
ああ、ごめんごめん。
特に深い意味はないんだ。
ただ、この暗い色を見るとね、過去を思い出すんだ。
覚えてる?
君と出会って一ヶ月もしないうちに、とある町に寄っただろ。
俺たちは今のように服も食べ物も自由に買えなかったからさ、腹の虫を黙らせる手立てもなかった頃だ。
店の誰にも手を付けていない料理や美味しそうな肉さかなを堪えて、裏通りに捨ててあるゴミ箱を漁って、それで飢えをしのいでた。
こんなふうな泥水だったか、その頃飲んでいた水は。
……たしかに誇張だね。ごめんごめん。
でも、それが、いつからだろうね。
泥水から真水となり、ツララを砕いたかのような冷たさから常温になり、そして、カップに淹れられた温かなスープになり。
それでも、他の人の平均よりも下の生活水準だったから、まだまだ贅沢はできなかった。
コーヒー専門店というのも、嗜好品というのも納得の高さで、一杯800円のコーヒーだなんて、バカげてる!
一滴残らず飲み干した麦茶のペットボトルを、思いっきり握りつぶして、遠くにポイ捨てしようとしていた時だ。
麦茶もコーヒーも、水であってもひと口飲める量は変わらないよ。今まで通り一歩ずつ行こう。
そういうことを言われたもんで、今日があるというものだ。
一攫千金という夢は、地球が爆ぜるくらいに無理難題だったけれど、それは一人で立ち向かったらの話だ。
あの時も、今も、二人でいる。
この街の夜はまだまだ続くだろう。
君の人生ももう少し続く。
俺は、どうだろう。数年、いや数ヶ月か。
それでも、ひと口の量は変わらないでいる。
……(盃同士が、かち合う音)。
サヨナラを言う前に、もう一杯。
空模様はぐるぐる。
誰かが空をかき回したみたいになっている。
今にも何かが落っこちそうな、悪い流れから別の悪い流れに模様替えしようとしている。
ゴロゴロと、分厚い雲の層から音がなって、カミナリがどど〜ん! と落ちてきた。
メダカも、他の小魚も、さっと岩陰に身体を隠した。
透き通る淡水の川底を一瞬白い景色に変え、即座に色が戻る。
空模様はぐるぐる。
上流の激しい渓流の水溜まり。
空は背景。
渦巻く川の表情を写し取って、ぐるぐるは止まらず。