22時17分

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鳥のようになりたい、と優等生は空を見上げた。

外は相変わらず暑いようだが、暦の上では処暑の前日。
お盆を過ぎて、これから徐々に涼しくなっていくという。嘘のようでホントの話。
夏休みが終わりを告げるように、今までの夏もいつかは終わりを告げていた。

夏休みが始まった日からずっと家にいる。
夏休みの宿題なんてとっくに終わっていて、受験生でもないのに毎日勉強机に座っている。

外が暑いからいけないのだ。
友達も誘ってこないからいけないのだ。
だから、私は外出しなくていい。

そんな都合の良いことを思いながら、勉強机に座っては、来年の受験期の前触れのような形容しがたい不安を感じ、防御する姿勢を取る。
体育座りのように両足を抱え、始終学タブの画面をペンで叩いている。

室温は24℃。
快適な温度のはずだが、変な姿勢のまま勉強机にずっと向かっていると、どうしてか体が慣れてきて、外気温のような、見えない暑さがまとわりついてくる。
肌に触れると、うっすらと汗。
冷や汗か、と指を這わせる。いや……汗だ。

優等生はガラスコップをつかんで、一気に麦茶を飲み干した。
優等生の喉のみがこくこくとゆっくり動き、コップの外側から垂れてきた水滴が、ダサい部屋着兼貧相な私服に落ちる。

空になったコップを机に置く。
コップの重装備の、水滴の鎧がみるみるうちに剥がれ、机の一部が水たまりになって、何らかの紙の冊子が水を吸う。即座に濡れの色に変わる。
優等生は、濡れたことにひょいと一瞥したが、特に対処はしなかった。変わらず学タブに夢中でいる。

空は夏の晴天を指していて、別に見上げた理由もない。
鳥になりたい、と思っていても、一匹も鳥はいない。
鳥の声も聞こえない。セミのうるさい鳴き声が、早くいなくなれとも思っていない。

優等生は胡乱げに空を見上げ、そして画面に目を戻した。
学タブには線画の鳥が小枝の上に止まっている。
見本はないが問題ない。
自由は見えないのと同じように、見えない鳥を描いている。美術部員であれば、さして問題のない事柄。

脳内物質を糧にペン先がしゅっと飛翔。
思いの外、翼の線が長くなったが特に書き直さなかった。

8/22/2024, 3:47:27 AM