小さい頃から空が裂ける夢をよく見る。
なぜだか分からないけど、それを見て私は
ああ、これは。空が、泣いてるんだ。
と感じ、そこで目が覚める。
そんな夢を見るようになって、はや16年。
空は、まだ裂けてない。
私の高校の屋上は鍵がかかっている。
生徒の立ち入りが禁止されている屋上は、きっとこれまでもアニメや小説で屋上というものに憧れを持っていた学生の夢を壊してきたのだろう。
かくいう私も、夢を壊された1人だった。
この日までは。
いつもと変わらない日常の延長線上で、出席番号と同じ日付だからという理由で昼休み中に理科準備室へ宿題のプリントの束を運ぶのを任された日。
今日この日、私は屋上という非現実への道を見つけた。
屋上へ続く外階段にでる鍵が、空いていた。
通常の内階段や、他の場所からのアクセス方法は全てダメだった。あとは、壁をよじ登るしかないか……と考えていたが、初めて鍵が空いている扉を見つけた。
周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。
手に持っていたプリントだけを、仕事を押し付けた物理教員の汚い机に置いたあとで、ドアノブに手をかける。
一呼吸置き、扉を開く。
開いた先は何の変哲もない外階段、その踊り場。
扉を開けた瞬間に壮大な冒険が始まる、なんて思っていたわけではないけど、肩透かしを食らった気分だった。
こんなものかと思いながらゆっくりと階段を登っていく。
少し錆びついて若干の怖さがあるが、なんてことはない、ただの階段。
それを1歩1歩と進んでいくことで、4Fから屋上のフロアが見えてきて……若干の湿り気を感じた。
雨でも降っているのか、そう思い周りを見渡すが雲一つない快晴。いわゆる、狐の嫁入りだろうか、と手を広げても雨粒が私の体に触れることもない。
少しの不思議に、心が震えるのを感じながらさらに足を進める。
最後の一歩を踏み出し、屋上の全貌が視界に入ると。
学校の屋上に佇む、びしょ濡れの少女がいた。
どうして、屋上に人が。
いや、そもそも、こんな快晴なのになぜびしょ濡れなのか。
そんな疑問が泡のように浮かび上がり続ける。
そうして、戸惑っていると、目が合った。
少女は少しだけ驚くように目を丸くすると
「ここはね神様の目の直下なんだよ」
と口を開いた。
神様の目の直下。
そう言った少女の半径1mにだけ雨が降っていた。
空はまだ裂けてない、けど、空は泣くらしい。
「空、見ちまったかぁ……」
後ろから聞き馴染んだ理科教師の声が聞こえた。
窓越しに見えるのは
いつもの電車のなか。向かいの座席に人影はなく、ただ自分の姿がうっすらと映っていいる。
その姿は自分が思ってるよりも老いていて、いつのまに自分はこうも年を食ってしまったのだろうとやるせない気持ちが溢れてくる。
「お母さん、みてみて」
隣の席から聞こえてくる3歳ぐらいの子供の声と、それを優しく親の声。自分とは縁遠いものだけど、確かに現実であるその声は目の前の老けた35歳のおっさんが自分であるという現実の輪郭をより濃くしてくる。
いつしか、地下を走っていた電車は地上に出て、外の景色は晴れ渡る青空に変わり、窓越しに見えていたおっさんは自分の視界に映らなくなった。地上に出た電車はもうじき職場へとたどり着く。
自分の姿を振り返る機会なんていうのは一瞬しかない。その一瞬をポジティブに捉える人も、ネガティブに捉える人もいるだろう。ただ、どんなおっさんであってもそうではない青空の下では自分の姿なんて省みず、子供の頃と同じようにひたすらに一歩一歩踏みしめながら生きているだけなのだ。
お金より大事なもの
わたしにはともだちがいる。
そーせきというやつだ。
そーせきはひとりで何もできない。
だから、わたしが毎日あさおこしてあげるし、ごはんもつくってあげてる。
わたしがほいくえんに行ってるあいだはいい子でまってるんだよ、とまいにちまいにち口をすっぱくしていっている。
きっとそーせきの耳にもわたしとおなじようにきっとタコが住んでる。
そーせきは、ある日さえこがひろってきた。こまった時に使いなって言ってわたしに渡してきたけど、ひろってきたのにさいごまでめんどうをみないのはよくないとおもう。
国がみとめたどれいしょー、ってお仕事らしいけどどれいしょーにもやっていいこととわるいことがあるとおもう。
けど、わたしはえらいからまいにちちゃんとめんどうをみてあげている。
ママが、お金は大事にしなさいってずっとおこってたことをわたしはしってるから、お金のひとりらしいそーせきのことをわたしはたいせつにしてあげているのだ。
けど、ある日さえこがお熱をだした。
さえこの元気がなくて。カップラーメンがいいっていってもにんじんがはいってるポテトサラダとお魚を作ってくるいじわるなさえこがいなくて、ベッドでねてくるしそうにしている。このままだとママみたいにさえこがいなくなっちゃいそうで、こわくて、ないたらママにおこられちゃうってわかっててもなみだがでちゃいそうだったとき
「私を使いなさい」
そーせきから、こえがきこえた。
「冴子のために私を使いなさい」
はじめてきいたそーせきの声は、なんだかえらそうだった。
「偉そう、ではなく偉いのだ。所謂付喪神、というものだな。美琴の真心と魔力を受け続け、些か癪ではあるがそーせきという名を与えられたA123316Bという千円札に私という人格が宿ったのだ」
そーせきの話はむずかしかった……
さえこがいつも、はなしがながいやつはぶっとばしたくなるって言ってたのをおもいだして、急いでさえこの方をみたけど、さえこは変わらずつらそうにねていた。
「冴子には聞こえんよ、というか今の時点では私の声を聞き取れるのは美琴、お前だけであろう。そんなことより、今お前は冴子のために何かをしたいと思ってるのだろう」
そーせきは、いつものばしょから動いてないけどかわらずわたしには話しかけてくる。
いままではなしかけてもかえしてくれたりしなかったのに、とか、口がうごいてないのにどこからこえがきこえるのかとか、わからないことはたくさんあったけど、でも。
「うん、さえこにげんきになってほしい」
そう言葉にして、そーせきに伝えた。
「うむ、ならば私を持って行って冴子のために薬を買ってやればよい」
さえこのおくすり。それがあれば、きっとさえこは元気になる。そうすれば、さえこはこれからもわたしのそばにいてくれる。
なやむことなんてないはずなのに、わたしがうごけないのは。
「でも、そーせきは……」
「ああ、私は美琴とはお別れ、だな。それにおそらく定着しきってないいま、美琴の側を離れた場合私に宿っている意識もまた消失することだろう」
そう、そーせきとはもう会えなくなってしまう。お金は大事にしなきゃいけないのに、わたしにとってそーせきも大事なのに、さえこのためにわたしの大事のために、わたしの大事がいなくなってしまう。
それは、そんなことは……
「それでいいのだ。美琴、お前は優しい子だ。ただの千円札である私に意識が宿るくらいにはな」
「けれど、優しさは有限なのだ。より大事なもののために、大事なものを諦めねばならぬ時もあるのだ」
「お金より大事なもの、そのために私を使うといいさ。それが私にとって大事なもののためでもある」
わたしは……わたしは……
ゆっくりと、そーせきに手を伸ばすと、そっと友達を折り畳み、ポケットにしまいこんだ。
赤い糸
昔から私には赤い糸が見えた。
運命の人と繋がっているという例のあれだ。
といっても、見えるのは自分の糸だけ。
見えたての頃は、この先に私の王子様がいる!!!!
なんて思って興奮したけれど、そのドキドキはすぐになくなってしまった。いや、しらけてしまった、というのが正しいのかもしれない。
この糸、定期的に切れる。
何を言っているか分からないかもしれないけど、私の運命の赤い糸は定期的に切れるのだ。1週間持ったら長い方。短いと5分とかで切れて、また新しい赤い糸が延びる。
頭の悪い私なりに考えた結果、運命なんてものはきっとないのだ、という結論にいたった。きっと、今この瞬間で切り取ったら私と幸せになってくれる相手というのはいるのだろうけど、世界中の人間が何か一歩行動すると、きっと変わってしまうんだ。
だいたい、この赤い糸どこに繋がってるか分からない。
何度も繋がってる先まで私の方から殴り込んでやる!!なんて考えたことはあるけど、いかんせんこの赤い糸寿命が短い。
先まで辿り着く前にプツンと切れて、またあらぬ方向を指してしまう。
そんなことが積み重なった結果、私は運命なんてものを信じなくなっていた。ついさっきまでは。
私は人生で初めて、自分のかぼそい赤い糸が指し示す人物と出会ってしまった。どうして、こんなことになったのかは分からない。
そもそも、今の状況自体把握しきれていない。
けど、確かに私の赤い糸は……目の前の誘拐犯と繋がっていた。
入道雲
入道雲ってさ。
ついぞ、その先の言葉を聞くことはできなかった。
道路の真ん中で、彼がそう言った直後俺は彼の手によって背中を強く押されて転ぶように前に進んだからだ。
何をするんだ。
そう言おうと思った瞬間に被さるようにキキィッという急ブレーキ音が聞こえ、人の身体が地面に落ちる鈍い音がした。
振り返った先に見えたのは紛れもない地獄と、綺麗な青空にどっしり構える入道雲だった。
入道雲を見るたびに思い出す彼のこと。
彼はいったい何を言おうとしたんだろう。
今年もまた入道雲の季節がやってきた。
「入道雲ってさ……」
「……いや、なによ。入道雲がどうしたの」
隣で彼とよく似た顔をした彼女が怪訝な顔をする。
血縁があるとはいえ、やっぱり似ている。
「入道雲だよなぁ」
「はぁ…うちの旦那がまた兄貴みたいなこと言い出した」
ほんと。似たもの同士だったよね、と溜め息をつきながら言う彼女……いや妻か。妻の言葉を聞いて、もしかして続きなんてなかったのか、と入道雲に問う。
当然入道雲は何も答えてくれなかった。