傘の中の秘密
「あ……」
あの傘、笹森くんのだ。
教室の掃除途中、ふと窓の外に目を向けると視界に入ったものは、私の想い人の傘だった。
「ちょっと、美咲ー、UFOでもみつけたのー」
手に持った箒を止めて、窓の前で立ち尽くす私の姿に気づいたのか友人の椿が声をかけてくる。
UFOだなんてとんでもない。そんなものを見つけたらちゃんと警察に通報している。
「いや、違くて、その傘が……」
「傘……?ってあぁぁ、雨降ってるじゃん。傘忘れたあぁぁぁぁ」
騒がしい椿の声のボリュームが、いつもの1.5倍に聞こえ、思わずそちらに目をやると持っていたちりとりを放り出し頭を抱える椿の姿が見えた。せっかく集めていたゴミが散らばってるのも気にせずに落ち込む姿は、ひまわりの種を目の前でお預けにされたハムスターのようで、思わずふふっと笑ってしまう。
「何笑ってるのよー……くーっこんな時に私と相合傘してくれる彼氏もしくは彼女がいれば……」
相合傘。
その一言で、つい数十秒前にみた光景を思い出し、身体を翻して窓枠に顔を押しつける勢いで外を覗く。
が、笹森くんの傘……いや、笹森くんの靴と、誰のものか分からない制服のスカートは見えなくなっていた。
見間違いだったのだろうか。いやそんなはずはない。あのクリーム色の大きい傘は間違いなく笹森くんの傘だったし、視力1.2の私の目は確かに傘の中から足が4本伸びていることを確認した。
あの笹森くんに、相合傘をするような相手……それも女の子がいただなんて……再度立ち尽くす私の肩の上にぽんと手が置かれる。
「で……一体何があったのよ。そんな告白してないのに振られたみたいな顔をして」
肩に手を乗せる椿の方を向いた私の顔はきっと涙ぐんでいた日がいない。
「椿ぃ……」
思わず泣きつきそうになったところで、椿が散らかしたままになっているゴミと、サボるなという他の掃除当番からの視線を感じた。
私の真顔が向ける視線の先に気づいた椿も、そっと私の肩から手を下ろし、そそくさとちりとりに向かう。
箒を使って散らかったゴミを椿のゴミ箱に入れながら、椿に提案する。
「マックまでダッシュして、雨宿りしない?」
返事の代わりに、そそくさと期間限定のハンバーガーのクーポンを笑顔で見せつけてくる椿。
「……行くということは分かったから、ちりとりから手を離さないでくれないかなぁ」
そんな茶番をしながら、続けた掃除は、そこから10分もかかった。そして、そのおかげで小雨になったとドヤ顔をする椿のハイテンションはそのあと30分続いたのだった。
「でさー、やっぱり、私が弱酸性の晴れ女だという実績が重ねられたわけですよ!!」
「いや、だからどちらかというと微弱性の雨女だと……って、そんなことはもうよくて……」
微弱性だが、弱酸性だか知らないが、どうでもいい。いい加減に私の笹森くんの話を聞くサンドバッグになってくれ。
「私見ちゃったの、雨の中で相合傘をする笹森くんを!」
「私見ちゃったの、雨の中で傘のように浮かぶUFOを!」
隣にいた同じ制服の女子高生の方を二度見する。
「いま、UFOって言った?」
「いま、笹森のこと話してた?」
6/2/2025, 2:42:18 PM