逆さま
私には姉が1人いる。
姉は生まれた時、心臓病が見つかり手術は無事成功。
しかし退院間近で院内感染が流行り
あと少し発見が遅れたら死んでいたらしい。
同室だった少女の1人は帰らぬ人となったそうだ。
退院から数年後、何事もなく姉はすくすくと成長し
続けた。しかし両親は大層心配し、2つ年下の妹である私は
幼少期からずっとおざなりな扱いだった。
川の字で寝る狭いアパートの寝室。
父、母、姉、そして私。
この並びはずっと変わらない。
5歳の頃それがとても悲しく、夜中に泣きながら訴えた。
いつも端っこでひとりぼっち。寂しい…と。
私にとっては精一杯の勇気だった。
しかし母はなだめるだけで状況は変わることはなかった。
おかげで諦めを早くに学んでしまい、少し冷めた性格に。
時は流れ、姉も私も2年差で結婚。
早く子供を産めとばかりに周りからよく電話が来た。
夫婦だけの時間も楽しみたいからと適当にかわしていたが
まさかは突然やってきた。
4年間不妊治療に励む姉よりも先に私に子供が出来たのだ。
安定期に入りサプライズで妊娠を両親に告げた。
すると通夜のように鎮まりかえる2人。
言葉はなくともいつまでもある人の存在を気にかける雰囲気を察した。
わかった…。
私にはひとりで十分だ。
寂しい思いも、逆さまの愛情もこの子には絶対しない。
ずっと隣で
朝、ずっと隣で歩いた道。
大好きなキャラクターの話をうんざりしながら
聞き流したり、歩くが遅いと怒りながら急かすこともない。
雨の日なんか靴も服もビショビショで
水溜まりに飛び込む姿に呆れることもない。
イライラすること減ってよかったじゃん。って
自分に言い聞かせても、涙が止まらない。
めんどくさい日常がもう二度とこないと思うと
堪らなく寂しくて苦しい。
「Love you」
君に3回告白して振られ続けている。
これ以上好きだと口にしてしまえば、
言葉の価値が軽くなってしまうから
私からはもう好きとは言わない。
でも、いつかこの気持ちが伝わりますようにと
両手で頬を優しく包み、おでこにそっとキスをする。
今日も曖昧な関係は続く。
太陽のような
上司が長い結婚生活には3つの坂があると
話してくれた、あの結婚式から2ヶ月後。
『まさか』が先にやってきた。
事故だった。
愛犬も一緒に逝ってしまった。
翌朝、始発の新幹線に乗り込む。
桜が満開の会場まで冗談ばかりを口にし
笑いながら歩いていた兄弟は
真っ白な布団を前にして泣き崩れた。
義兄が歯を食いしばり、両足をガクガクと震わせ
嗚咽ながらに読んだ弔辞は生涯忘れないだろう。
葬儀から1週間、絶え間なく訪れる弔問客の多さに驚く。
口を揃えて皆「お日様のような人だった」と言う。
私は5回しか顔を合わせた事がない。
夫からは気が強く、感情の起伏が激しいと聞いていたが
その人の人生は死んだ後によくわかるのだと知った。
あれから10年。
月命日に欠かさず墓参りに行く寡黙な義父の姿を見て
羨ましく思う。
お気に入り
5才の頃、洗剤のオマケに付いていた
小さな人形を大事にしてた。
名前はパンちゃん。
綿で出来た直径5cmの白クマだった。
昼間は幼稚園のカバンにぶら下げ
眠る時もいつも一緒。
肌身離さず持ち歩いた。
次第に手垢で薄汚れ、手足や首も落ち
何度も手術を繰り返したボロボロのお気に入り。
他人が見たらギョッとする姿でも
この頃の私の全てだった。
7才のある日。
ベランダで泣きながら激しく母を責めた。
ポケットに入れたまま洗濯してしまったのだ。
目だけを綺麗に残し体が溶けてしまった
無惨な姿の元お気に入り。
掌にのせ、力の限り声を出して泣いた。
そろそろこの生活を卒業するべき
タイミングではあったのかもしれないが
何たる因果だろう。。
オマケとして付いていた洗剤に
消されてしまったのだから。