最初から期待なんてしていない。
だってここは「そういう」場所だから。
「今宵もお主と話をしに来たぞ」
なのに、最近太客になった此奴はどこか変だ。
高い金を気前よく払う割に、初めて会った時から指一本触れてきやしない。
畳の上にごろんと横になり、肘掛けに腕を乗せてぷかぷかと煙管から煙を吐き出す白髪の男。
畜生、バカにしやがって。
「御前様……」
自分の着物を肌蹴させ、淡く桃色に色付く粒をこれみよがしに見せつけてやるも、鼻息で一蹴されただけだった。
「ワシはの、御為倒しが嫌いでな」
他ならぬお主とはそのような関係になりたくないのじゃよ
一気に吹き付けられた煙。いきなりのことで噎せてしまう。
「心の通わぬ夜伽はせぬ」
また来るよ。
男はそう呟くとゆらりと立ち上がり、そのまま襖を閉めて部屋を出て行ってしまった。
酒どころか、茶すら飲まずに帰ってしまった太客。
あの男の腹の中が全く読めないからもどかしい。
下手な憐れみなぞいらない、毎回そう言おうとするのに都度逃げられる。
期待してしまった後の巨大な絶望感は自分が一番よく分かっているから。
ゆっくりと指を差し入れる。
そこは侵入者を弾き出そうと柔らかい防壁がやんやりと押し返す。
それを少しずつ少しずつ解しながら、甘い吐息になるまでじっくりじっくり進んでいく。
「隠された手紙を探すってこういうことですよね」
我ながら陳腐な喩えだと思う。
それでもその言葉にカッと赤くなる男の頬を見る限り、満更悪いものでもないらしい。
指がある一点を掠めた途端、ピクンと大きく跳ねる組み敷いた身体。
「みぃつけた」
さてはて、貴方の手紙には何と書いてあるのか。
今からゆっくりとその内容を暴いていこう。
もうちょっと居てくれたっていいじゃない。
あなたお願いよ、傍にいてほしい。
そんな私の切実な願いはあっという間に破かれていく。
「2月1日」
1月のカレンダーはなんの躊躇いもなくゴミ箱へ。
「何なら今日は2月2日ですよ?」
呆れ顔で君がクスリと笑うので、私の残念だった気持ちもどこかへ飛んで行ってしまった。
行きたかった場所へ行き、記念に収めるべくスマホを構えてシャッター音を鳴らす。
ご当地ならではのグルメに舌鼓を打ち、普段見ることのない景色を心のアルバムへ残していくのだ。
非日常を重ね続ければそれはいつか日常になりうる。
「まるで人生ね」
薄く口角を上げたその人は何処か寂しそうな目の色を浮かべていた。
あの時まで君は確かに私の弟分だった。
「好きです」
その言葉が君の口から解き放たれるまでは。
そこからの関係性は歪な形になった。
少なくとも君を憎からず思っていた私にとってその言葉は呪いだ。
「……何を考えていらっしゃるんです?」
「ッ、な、にも」
薄ら寒いこの部屋に、互いの剥き出しの素肌はあまりにも熱すぎる。
君からの口吸いも君からの愛撫も何もかも私は知らない。
一体どこで覚えたんだそんな手練手管は。
君の全てを知っているつもりでいたのに、嗚呼まだまだ私は君のことを知らない。
「随分余裕ですね」
否定しようとした唇は直ぐに塞がれることになる。