初対面の人とは割かし仲良しな雰囲気を醸すことができる、と自負している。
問題は2回目からだ。
ハイテンションでいくと引かれる、かといってローテーションだと不気味がられる。
あれ、初めて会った時にはどんなノリだったかしら。
思い出せない、何も。
悲しいかな、これが大体私の人付き合いの癖でして。
はじまりはいつも、謎。
順番をなぞる、などということは自分達の関係性においては当てはまらなくても構わないと思っていた。
そう思っていたのは果たして自分だけだったと気付いたのは全て後の祭り。
翌朝枕元に残っていたのは金と、至ってシンプルな詫び状。
そうか、向こうはあくまでもその場限りの関係だと思っていたのか。
そんなことは決して許さぬ。諦めが悪い、自負もある。
譫言のように愛の言葉を紡いでいたのはお前の本音では無かったのか。
少なくともこちらは本気だ。逃すはずもない。
探しものは得意な方だ。
もう二度と大切な存在を失いたくない。
見つけたらどうしようか。両手両足を切り落として自分無しでは生きていけぬ身体にしてやろうか。
否、そんなつまらぬことはしない。
あくまでも五体満足でお前を囲うてやろうな。
逃げ出せるのに逃げ出せないのが良い。どこまでも絶望のどん底に叩き落とす。
少なくともこちらの本気が伝わるまではその身体にしかと愛を刻みこんでやろうな。
ゆらり、立ち上がった男の瞳には歪んだ光が灯っていた。
いつになく早めに目が覚めた。
新聞を自分で取りに行くのも何年振りだろうか。
普段ならば家族の誰かが取ってくれているからだ。
郵便受けを覗くと、昨晩雨が降っていたからか丁寧にビニール袋が掛けられていた。
うーんと大きく伸びをしたB子は新聞を片手に家の中へと戻っていく。
今日は良い一日になりそうだ。
秋の爽やかな風が彼女の頬をそっと撫でて消えていった。
窓から見える外の景色は今日も変わらない。
人々は忙しなく行き交い、その隣を遠慮なく車が走り抜ける。
二度と会うことのできないあの人もこうやって東京の道を歩いていたのだろうか。
店員が持ってきた珈琲の香りが程よく鼻腔をくすぐる。
一度で良いから二人で顔を突き合せて珈琲を飲みたかったな。
先に行くなんてずるい、私もきっと追い掛けるからね。
旅立ちの日にぴったりなジャズのBGMが今はとても嬉しい。
忘れるなんて、そんなこと絶対にさせるものか。
誰かの記憶に強烈に刻みつけてやる。
それが私の最初で最期の復讐。
風がさわさわと木の葉を揺らす。
月の光が優しく男の顔を照らしてくれる。
包帯でぐるぐる巻きになっているけれども、目や口だけは表に晒されていて、以前と同じようにほんのり色気を感じさせた。
誰なのか思い出せないのにどこか懐かしいのはどうしてだろう。
その全身は酷く爛れていて不気味なのに何故だか涙が込み上げてくる。
男の唇が確かに己の名前を呼ぶ。
お前は誰だ。俺の名前を知っている、得体の知れないお前は。
月影に隠れてしまった男はもうそこにいない。