まにこ

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8/29/2024, 10:15:35 PM

夜が更けて辺りは厳かなる静寂に包まれていた。
リビングにあるダイニングテーブル。そこで少女が椅子に座っていて、その机上には沢山のテキストが所狭しと山積みになっている。そして恐らく夜食だろうか、温かいお粥とほんのり湯気を立てているお茶が小さな盆の上に乗せられていて、机の端っこに少し居心地悪そうに置かれていた。
手元だけがぼんやり光るようにスタンドライトを一つ付けて、ただひたすらノートにペンを走らせている少女。
目の前の課題に集中していたつもりだ。いや、集中していたからこそ気付いてしまったのかもしれない。
静かな部屋でカサカサカサと耳慣れぬ音が聞こえた。ギョッとして音の方を振り返ると、皆さんお馴染みの茶色いアイツがどこからが現れてこちらを見ているではないか。
少女は無益な戦いを避けるべくわざと足音を立てたり、机を叩いたりして脅かそうとした。元いた所にお戻り。それでもそいつは寧ろジリジリと距離を縮めてきた。
何で、どうして。私達争わなくても各々でやっていけるじゃない。言葉なんてなくったって分かり合えたはずじゃない。
少女の願い虚しく、ヨロヨロとこちらの領域にまで侵攻しようとするそれ。こうなると流石に身の危険を感じるわけで。殺虫剤を手に取り、遠慮なく思いっきりそいつ目掛けて噴射した。

余談だが、ホウ酸ダンゴには喉の渇きを発生させて弱らせ、且つ明るい所に引き摺り出すという性質があるらしい。
願わくば人知れずひっそりとその生涯を終わらせてほしいものだ。

8/29/2024, 12:35:55 AM

「これまた懐かしい顔だね」
控えめにノックしたけれど、そんな間を開けずに扉は開かれる。果たして中から現れたのは老人だった。
白髪の生えた頭、昔のように勢いのある髪は何処へやら、すっかり薄くなった頭を掻きながらも眼鏡の奥の目が柔らかく微笑んでいる。突然の訪問客を嬉しそうに迎え入れてくれた。
「元気にしていたか?」
暖かい珈琲と、得意料理であるホットケーキを振る舞う男。深煎り豆の良い匂いが部屋中を包む。とろりとろけるバターとたっぷりの蜂蜜がホットケーキにじゅわりと染み込んでいる。
いただきますと律儀に手を合わせる少年。ナイフとフォークを器用に使い、ホットケーキをカチャカチャと切り分けていく。
「皆、元気にしていますよ」
一口分をフォークで突き刺し、そのまま頬張る少年。口の中いっぱいに、ふんわりと蜂蜜とケーキの柔らかい甘みが広がった。少し苦めの珈琲で後味サッパリと口内を整えてくれる
「そうか、良かったよ」
男はそのまま優しい眼差しで少年を見つめる。どことなく気恥ずかしくなってパクパクと残りのケーキを口に放り込む。……本当はもっとゆっくり味わいたいのに。
会っていなかった間の貴方の話も沢山聞きたい。しかし心と身体とは裏腹に、ホットケーキも珈琲もあっという間に平らげてしまった。
「これからはまたいつでも来ると良い」
少年の心境を知ってか知らずか、男はそんなふうに声を掛けてくれた。自然と弛む少年の口角。嗚呼、やっぱりこの人には敵わない。
『これから』という言葉の担保にこんなにも救われる日が来るなんて。奥の奥に潜めていた感情が時間が、ゆっくりと動き出す音がした。

8/27/2024, 11:11:21 PM

色々と言いたいことはたくさんあった。
しかしそれは唇から外を出て空気に触れ、言の葉の形を成すまでに全て泡となって消えていく。
嗚呼、己の口下手がこういう時に嫌になる。
どろどろとした言葉になり得なかったものたち、成仏できなかった醜い感情たち。
これらをまるで禊みたいに全て綺麗に流してくれるのが雨だった。
ある日たまたま傘を忘れてしまい、仕方なく雨の中ひた走って帰ったことがあるのだが、あれはとんでもなく心地の良い経験であった。
何一つ忖度することなく、全身を満遍なく柔らかくそれでいて叩きつけるように雨水がじわりと身体を包み込む。
雨も涙も全ては泥濘へと吸い込まれていった。
ずっとこの中で佇んでいたかったと今でも思う。
何故私たちは雨を何となく忌み嫌う習性があるのだろう。
傘なんて無くったって雨と共に生きることもできるのに、少なくとも私はそう思う。

8/27/2024, 12:41:52 AM

一行日記なら毎日続けられるかも!
そう思ってワクワクしながら文房具屋で日記帳を手に取った。
何のことはない。たかが一行、されど一行。
飽き性の私はすぐに三日坊主になってしまった。
昔からそうだ、どんなことも中々継続することができない。
軽く自己嫌悪に陥りながらもたった二行しか綴られていない文字をなぞる。
「今日はしんどかった。でも嫌なことも全ては糧!」
「先生に怒られた、もう無理」
ネガティブ全開である。
でもここでは誰の目も気にすることなく自分の心を安心して晒すことができる。
SNSに綴る文字はどうしても見られること前提で書いている自覚はある。
その点、誰にも見られないことが約束されている日記は自分に嘘をつく必要がどこにも無いのだ。
……少し時間が経ったけれど再開してみようか、日記帳。
自分の自分による自分のための日記、どこぞの大統領の格言を拝借し、これで良しと私は言い聞かせる。
また今日から始めよう、私だけの心の日記を。
まだ殆ど白いページにさっそくペン先をちょんと付けた。

8/25/2024, 11:11:16 PM

他人と向かい合わせになるのはちょっぴり、緊張しちゃうね
でもあなたとならわたしは大丈夫
あなたと向かい合わせになってほんの少し目を閉じるわたし
滝のように流れゆく日常の中からキラキラだったり仄暗かったり、そんな無意識の感覚を掬いあげるわたし
嗚呼、とかく日々に流されがちな私たちだけど、心はちゃあんと細かく反応しているんだね

わたしはあなた あなたはわたし

自分と向かい合わせになれるのは自分だけ

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